刀鍛冶の日々

玉鋼切断

 来週よりの鍛錬に備えて、玉鋼3個の切断。1個の玉鋼は12キロも有り、火床に中に入らない大きさで、火床には山盛りの炭で、玉鋼を真赤から真白になる迄焼く。
 火箸で玉鋼を取り出すと体中が熱く、ベルトハンマーで叩いては鏨で切る事を1時間も繰り返すと、下着から汗は流れ落ちる。作業は4時間も続き、両腕は振動で痺れ、息も絶え絶えとなる。
 自家製鋼は硬く粘いので割れない。この粘りが折れない刀の原点である。これで5月中に使う鋼の用意は出来る。
 帰宅後に飲むビールの冷たさに、体も心も休まる。

娘の為に

 宗近君の来る前に、午後のオランダからの見学用意を済ます。
 久し振りに宗近君が長女の出生を記念するのに、御守り短刀の地金造り用たたら製鉄をして、40キロの砂鉄で11キロの玉鋼を造る。
 子供は父母が亡くなってから、生前の両親の事を懐かしく思う事が多く、私の場合も同じである。親として子供の為に金品ではなく、形の有る物を形見として残すのは、親の情である。
 刀鍛冶であるが為に、子供に短刀を残す事が出来て宗近君は幸せである。娘が嫁いでも親の造った御守り短刀は又次の時代に受け継がれるのが日本の伝統である。
 民族の魂を打つ刀工としてこれに勝る事はない。これから毎週休日には短刀造りの為に伝習所に通う事になる。
 弟子が卒業して寂しくなった鍛冶場に、久し振りに弟子の声がする。

5月19日  ブログダウン

 昨日からインターネットセキリュティの関係か、ブログの書き込みが出来なくなる。明日はパソコン教室に予約し原稿だけ記す。
 午前2時30分起床。準備が出来て3時30分送風開始。5時間かけて4種混合の砂鉄30キロを投入。良質の玉鋼7キロを得る。
 午後は研ぎ師宅へ、研ぎ上がった短刀受け取りと、下研ぎ中の刀を見に行く。長い1日で体力の限界迄働いた。
 明日は宗近君のたたら製鉄なのでゆっくりと見学したいが、午後外國人の見学が有るので、準備もしなければならず、本当に忙しい。

5月18日  再現包丁

 昨日迄鍛錬方法を変えて造った刀と同じ地金と、同じ方法で包丁3本を造る。
 下鍛え5回でも地鉄は良く詰み傷は無し。酸を付けると頃合いの板目肌。炭素量が高いので、40度の湯で焼入れたので匂い口は少し沈むが、28度の水温で有れば明るい匂い口と思う。
 鋼には鍛錬時何も付けない裸沸かしなので、鉱滓は飛び散り、膨れも出なく、この方法も面白い。
 午後は平田君に研ぎを頼み、明日のたたら製鉄の配合と炭切で1日が終わる。

思い

 毎朝5時起床で食事をして鍛冶場へ出る生活をしていると、奈良県東吉野村で修行をしていた頃を思い出す。
 産業開発青年隊でも朝6時、軍艦マーチで起床、校庭で点呼、國旗掲揚、教練で1日を始めた。弟子が沢山居た頃の伝習所でも朝は全員で神拝、誓いの言葉、体操で始まった。規則正しい生活と信念に支えられている。
 今、毎日刀造りをしているのは私一人になったが、何も変わらなく神拝で1日を始める。今日も心鉄を鍛えて皮鉄と合わせて荒素延べ迄を進め、予定通り。
 若い時に受けた訓練が今も生かされている。刀工としての信念と、作刀に向かっての努力を注文者は見ている。これから独立して行く弟子達も、刀と共に人間性を見られている事を忘れないで欲しい。

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