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刀鍛冶の日々

同窓会

 テレビ出演の撮影も終わり、今日は高校の同窓会。半世紀前余、110人程の卒業生が10年振り位に17名が岡山市内に集まり、お互いの健康を気遣う古希に達する。
 紅顔の美少女、美青年も年を経て、既に鬼籍に入った者もいるが、後少し長生きをして弟子の育成に尽くしたい。
 平均寿命も延びたので、後一人だけ育てたい。蝋燭の燃え尽きる時は、最後に大きな炎となりて燃える。自分の人生が、今まさにその様に思える。
 後10年は現役を務めたいが、天命は誰も知らず。
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実演

 昼より包丁造りの全工程を一人でこなす。
 季節も良くなり本格的に始動開始。
 玉鋼1.5キロで包丁2本を製作。1本を研ぎ上げるが、斬味は東北砂鉄なので粘りも有り、餅鉄も少し混合しているので、硬さ、粘りも適当。
 研ぎ上げて今日の撮影も無事終了。テレビで沢山の人に、残された日本の技術を見て貰いたい。

準備完了

 午後3時撮影準備完了。
 包丁製作工程の見本と共に、工程の実演を2時間程で出来る様にする。
 東京から取材に来るので、12時位より始める事となる。
 夕暮れ迄時間はまだ有るので、先日の太刀に土置きをして、日暮れて焼入れ。
 太刀は反りが深いので、刀の1..5倍程焼入れ炭を盛らなければならず、何とか炭も足りた。
 2日間程取材の為、急ピッチで用意を済ましたので腰が痛むが、焦る心を抑えて鍛冶研ぎ。砂鉄の配合が良かったのか、刃文の出来も良く一安心する。

撮影用意

 昨夜、某テレビ局から日本刀包丁製作工程を撮影したい旨の電話が有り、引き受けたので作業を変更して、朝まだ暗い内から鍛冶場へ出て一人で炭切。 
 夜明けから鍛錬開始。各工程を製作し、料理番組の要領で撮影時間を短縮出来る様にする。明日午後には全ての用意が出来る。
 砂鉄より小型たたらで鋼を造り、包丁を商品化したのは私が世界で初めてであり、150年前迄の和鋼包丁であり、日本産砂鉄であり、決して外國産砂鉄ではない。
 ”羊頭を掲げて狗肉を売る”玉鋼ではない。この鍛伸性が有るから薄い包丁も出来るのである。弟子が刀工として独立する迄はどうしても必要である。
 今、包丁の販売網を広げて置けば、注文の無い弟子も刀造りの資本金が出来れば、技術も上達する。
 あえて日刀保玉鋼を使わず、自家製鋼を続ける弟子は厳しいと思うが、頑張って欲しい。

焼入用意

 先日の砂鉄が乾いたので磁石で選り分け。
 明日は曇りのち雨の天気予報なので、日中でもシート囲いをすれば暗くなり、太刀の焼入れが出来るので炭切をする。
 谷口君の販売した包丁の柄の交換と研ぎ直しが送られて来たが、本人は辞めて居ないので私が修理をして長野県へ返送。
 今日も包丁と刀の問い合わせ有り。
 午前中は涼しくなったので平田君は火造り。

研ぎ出しへ

 研師に研ぎを出す前に、もう一度少しだけ姿の修正。予備の太刀もせんかけを終る。
 来客有りて、切り出しナイフ3本の注文。刀と脇差二振りの注文も有り。
 昼には研師宅へ。短刀一口は仕上がり、予備の一口も明日から仕上げ研ぎの予定。5月に短刀の注文が有り、金屋子神社前の小川で集めた砂鉄で造った地鉄なので、出来の良い方を10月13日の登録日に登録の予定。
 刀は手造りなので、研ぎ上がらねば最終の判断が出来ない。一番困るのは出来の落ちる刀の処分方法である。

三条市から

 朝せんかけを始めた時に、刃物の一大産地新潟三条市より、包丁メーカーに20年も勤めて包丁の研ぎ専門の職人さんが来所。夕方迄包丁製作の話。20人程の職人さんがチームとなって量産化している会社で、設備も整い大きくて綺麗な会社。小さくすれば我々と同じ様な一人鍛冶屋。
 和鉄を使う包丁は材料と単価の壁があり、どうしても量産化が出来なく、一人鍛冶で進むしかない。
 本職が刀工である以上、包丁は副職である。弟子が本職の刀工になる迄は、どうしても包丁造りは続く事になる。

せんかけ

 昨日の続きで反り直し。注文刀でないので自分好みの姿にする。
 今日も一人、静かなのでのんびりと、諸々思いながらの仕事。せめて毎日専属の弟子が1人でも居れば活気が出るのだが。
 しかし弟子の面倒を見なくて良いので、注文の納期を気にしなくて良いので気分は楽である。

太刀造り

 刀の火造りは一時中止として、二尺五寸の太刀造りを始める。
 雨も降り薄暗く、火造りをやっと終えたが、時間も有り反り付けをするが、太刀の焼入れ前姿が思う様にならず、明日明るい所でもう一度姿直しの予定。
 せんじつ米子美術館で見た安綱の、長さを感じない太刀姿が気に入る。注文等でないので気分は楽である。

遠出終わる

 昨日は大雨と大風。合羽を着ていても体全体に痛みを感じる程に小さな雹が混じる。現地見学は中止。
 今日は一転して秋空。火山灰が積もったと思われる山間部のたたら跡近くの小川にも砂鉄が流れている。
 太古の昔、伯耆大山が爆発して出たマグマの中に砂鉄が有ったと思われる。水が地層を削り砂鉄を流すのだろう。
 季節も良くなったので、又刀造りに戻る予定。暑さ寒さも彼岸迄とは良く言ったものである。

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