刀鍛冶の日々

失敗

 試作の短刀は、刃文を余りにも高くやいたので、刃切れがでる。もう何年も刃切れは出ていないが、炭素量と水温、焼入れ温度の3点が合っていなかった様である。
 手造りなので時にはこんな事も有る。
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来客

 刀剣博物館が展示替えで休館の為、見学者が伝習所を訪れる。私の二番目の師、今泉俊光先生の短刀を所持されており、今泉先生の記念館が見学出来なかったのは残念である。
 長野県から、又次に島根県から金属関係の方が来訪。本職であるでたたら製鉄と化学に詳しく、丁度宗近君が鍛錬一回目だったので、鋼の沸かし温度と粘りを見て頂く。
 短い一日であった。

米國より来所

種々の鋼を一緒に降し金にして、地金を鍛え始める。余りにも異なる材料なので、地肌や鋼の成分が働きになって出る半面、傷も出易いが面白い。
 午後は米国より大学院生2名が来所。製鉄の話から実演迄2時間余りを過ごす。化学が専門なので金属学の話をしても通じ、近代製鉄ではなく、マグネタイトを使った和鉄の素晴らしさを理解して、改めて日本刀が世界に誇れる文化財である事を知ってもらった。
 全工程は見せる時間が無いので、作刀のDVDを米國への御土産に差し上げる。

銘切

首の脊椎を痛めてより、大きな手鎚で太鏨による銘切が出来なかったが、今日は平田君に刀を持ってもらい、以前の様に大きな線で故郷からの注文刀に銘を切る。細鏨で切り、打立てをいれると銘が上手に見えるが、力強さに欠ける。
 刀の銘は本人のサインであるが、小さな銘は後世消される事が有るので、太い線で鎬筋にかけて注文主の銘を入れて置けば、転売されずその家の家宝となる。一生懸命の作なので持ち続けて欲しい。

地金研究

 地金の新しい鍛錬方法確認の為、包丁を試みて原価でオークションに出して2本共に売れる。包丁は小沸出来で斬れ味は良い。恐らく10年使用でも2ミリ程の摩耗と思う。
 今日で3日間をかけて、短刀の皮鉄と心鉄を鍛え合わせて造り込む。磁石に着かない非磁性砂鉄を使用しているので、膨れが出て、切り取りながらの鍛錬が最後迄続いた。今迄の材料と違ったのも膨れの原因に有る。しかし地金は非常に面白く、以前武将本多忠勝直系の方に納めた脇差は、古刀の様な出来で材料の砂鉄に有ると思われる。今日はその砂鉄を新しい鍛錬法で鍛えたので、仕上がりが楽しみである。
 梅雨入り迄に後2回程たたら製鉄をして注文の短刀を鍛える予定。夜は刀剣に詳しい工学博士の電子顕微鏡を使った、組織写真と古刀の分析で、新刀との違いを読んでいる。
 市販の玉鋼で古刀再現と本気で取り組む刀工は数多いが、金属学、砂鉄の分析を知り、自らたたら製鉄を行い、自家製鋼を造らなければ、刃文を見るだけの日本刀に終る。「折れず 曲がらず 良く斬れる」事を求めた後に美術性が付いて来たのが日本刀である。
 今、昔の様に日本刀ブームに成りつつ有るが、日本刀とは一体何かを再確認しなければならない時代である。
 「抜けば斬る」これが腰の一刀の使命である。

雨花

 早朝から大雨が降ったので、午前中は外気温が低く鍛錬は続く。
 昨日より短刀を鍛えているが、下鍛えの終った異なる分析の鋼を合わせて、上鍛えに入ると鍛接が悪く空気を噛んだ膨れが多く出る。鏨で切って沸かし直し。泥沸かしで丹念に沸かしても膨れは続く。皮鉄鍛え最後になっても膨れ1個が出る。精も根も続かなくて昼で中止。
 明日は心鉄を鍛えて造り込み。手間のかかった刀剣程記憶に残り、上手く研ぎ上がった時は嬉しいものである。刀剣の傷は接合が悪い場合は殆ど無く、非鉄金属介在物を噛んだものが大半である。やはりたたら製鉄法が大事。
 降る雨は梅雨を思わせ、庭の木々や花々は雨に咲き誇る。
           歌三首
   〇うす紅の    咲き誇りたる   四季バラの
      降る雨受けて   心安らぐ

   〇毎日を   我が妹水を   施して
       咲き誇りたる   庭の花ばな

   〇いつの世も   花を愛でたる   心気は
       心豊かに      戦あらむや

暑さは続く

 早朝の涼しい時間に始めたいが隣近所の事も有り、朝6時より鍛錬は始める。
 7時、鍛錬中に突然スプリングハンマーのペタルが落ちる。40年以上も使っていると、鉄板が6ミリ程擦り減って切断されていた。30分程で急いで溶接をして鍛錬続行。
 メーカーでも製造されていない型式で部品も無いので、簡単な修理は自分でしてもう少し使いたい。製鉄方法も変わり、刀造りが増々面白くなっている。鍛錬方法が変わったので鋼の減りも少なく作業は捗るが、暑さの為4時間が限度である。
 週末には米國より見学者が有るが、弟子が居ないので最後に玉鋼を梃に付け、、折り返し鍛錬の用意をして終る。
 昨日午後、自宅から10分程の上山君の所に顔を出す、若い彼は日中も鍛錬をしている。山中の鍛冶場は涼しく楽である。

休日

 休日なれど朝から研ぎ直した短刀を、本多藩記念館に荷作りし返送。
瀬戸内市役所にふる里納税の返納品に、包丁を加える書類を届け出に。市長は刀を造って欲しい旨だが、6ヶ月期限ではとても造れない。私は注文が多いので、1年待ちだが包丁は1日1本を造る事が出来るので、備前長船の知名度を高めるのに役立てばと思う。長船町には刀工は沢山いるので仕事の無い人が受注すれば、現在の長船鍛冶も刀で生活が出来ると思う。
 午後は来客も有り、夕方は下研ぎの出来た太刀を研ぎ師宅に受け取りと、結構忙しい休日でも有るが、鍛錬をしなかったので体も楽である。

玉鋼切断

 来週よりの鍛錬に備えて、玉鋼3個の切断。1個の玉鋼は12キロも有り、火床に中に入らない大きさで、火床には山盛りの炭で、玉鋼を真赤から真白になる迄焼く。
 火箸で玉鋼を取り出すと体中が熱く、ベルトハンマーで叩いては鏨で切る事を1時間も繰り返すと、下着から汗は流れ落ちる。作業は4時間も続き、両腕は振動で痺れ、息も絶え絶えとなる。
 自家製鋼は硬く粘いので割れない。この粘りが折れない刀の原点である。これで5月中に使う鋼の用意は出来る。
 帰宅後に飲むビールの冷たさに、体も心も休まる。

娘の為に

 宗近君の来る前に、午後のオランダからの見学用意を済ます。
 久し振りに宗近君が長女の出生を記念するのに、御守り短刀の地金造り用たたら製鉄をして、40キロの砂鉄で11キロの玉鋼を造る。
 子供は父母が亡くなってから、生前の両親の事を懐かしく思う事が多く、私の場合も同じである。親として子供の為に金品ではなく、形の有る物を形見として残すのは、親の情である。
 刀鍛冶であるが為に、子供に短刀を残す事が出来て宗近君は幸せである。娘が嫁いでも親の造った御守り短刀は又次の時代に受け継がれるのが日本の伝統である。
 民族の魂を打つ刀工としてこれに勝る事はない。これから毎週休日には短刀造りの為に伝習所に通う事になる。
 弟子が卒業して寂しくなった鍛冶場に、久し振りに弟子の声がする。

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