刀鍛冶の日々

回復御礼

 今年3月中旬、長年の刀打ちの影響で首の骨に無数のひび割れが発生して手鎚が打てなく、右肩の激痛と右手の痺れに夜も眠れなく、焼酎で激しい痛みを切り抜け、左手で刀造りを続け、秋口から徐々に回復に向かう。
 その間沢山の方に御心配をかけ、治療の御指導も頂き、整体の先生にも7ヶ月間週2回の出張リハビリを受けた。岡山大学整形外科の先生にも御世話になり、激痛の続く間は谷口君にも随分助けてもらった、
 金屋子神社の安倍宮司様も毎朝鉄の祖神、金屋子の大神様に早く回復する事を祈って頂き、本日の通院で治療打ち切りとなり「後は時間の経過で痺れも無くなるので、無理をしないでください」と言われる。「これで又、刀打ちが出来ます。本当に有難う御座いました」と御礼の言葉を述べて鍛冶場に帰り吉報を知らせ、帰宅後は家内に顛末を説明して「有難う御座いました」と深く頭を垂れて感謝。
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頑張る祐敬君

 昨日鍛えた包丁に焼入れを見せる。その後祐敬君が包丁を鍛え、何時も鋼が燃えて、やっと包丁1本が出来るのが常であるが、今日は沸かしの温度も合って包丁2本の地金が出来る。明日は火造りへ進ます。
 長野県から注文主が来所して、一年前の注文の刀を納める。肩の荷も降りる。
 夕方注文者が帰った直後に予定外の炭がトラック一杯に入荷。明日には軽トラ一杯の県内産松炭が入荷との電話有り。これで年末迄は弟子が安心してたたら製鉄、包丁、刀造りに取り組める。
 鍛錬所廻りは炭の山。心は浮き浮きである。鍛冶屋にとっては炭が全ての元である。今の調子が続けば、今年も炭代が500万円に達する。
 沢山の炭と鉄を使った祐敬君も何とか日本刀包丁工になれる気がして来た。

東北砂鉄

 祐敬君が会津に帰るのも1ヶ月を切る。午前中他の弟子は自分の仕事をさせ、彼には特別に一人だけ私の鍛冶場で、会津に帰ったら使うであろうと思われる、東北の砂鉄が原料である玉鋼を鍛えて見せる。
 しかしその地は原発で汚染されているとの事、少し遠いが日本海側迄行くしかない。私の砂鉄は6年前に入手していて良かった。けれど砂鉄は1200度位の温度で還元されるので、放射能の影響が鋼迄出ないのではないかと思われるが、そこは専門の学者に聞かないと判らない。
 午後は谷口君の素延べを見て、平井さんの脇差の素延べをベルトサンダーで削る。平井さんも受験迄丁度6か月を残すのみ。 私の人生設計では、弟子の面倒を見る事は来春で終る予定である。後は弟子の為に私の残された時間は使わない。1回きりの受験で合格してもらいたい。
 予定外の炭が明日140俵入荷との電話が有り大助かりである。

炭の無い一日

 昨日私が鳥取県へ出掛けている間に、備蓄の刀用炭を予定以上に消費され、弟子の練習用にこれ以上使わせる事が出来ない。平井さんには今回から今迄無料であった炭代を有料にする。
 受験に向けての脇差造りも自分で材料代を出す事によって、炭の無駄遣いと作業の能率を少しは考えてもらえるだろう。
 弟子の練習用炭も無くなったので、平井さんと祐敬君には刀用松炭で私の折り返し鍛錬を見学さす。夕方には岩手県より40俵の炭が届き、これで明日の無料公開鍛錬は出来る。月曜日には岡山産松炭も入荷するので、祐敬君の包丁鍛錬も再開出来る。
 平田君は昨日の平井さんの指導で疲れ果て、谷口君も炭が無いので今日は包丁研ぎの一日。

包丁の柄

 今迄に様々な包丁の柄を使った中で、今の柄が硬くて加工しやすいが、鳥取県迄片道3時間をかけて仕入れに行かねばならない。代金を前払いするので、岡山県迄送って欲しいと言っても、取り寄せるので引き取りに来る様にとの一点張りのサービスカウンター。致し方なく今日も鳥取県のホームセンターへ出掛ける。製造元が判れば直接仕入れば楽ではあるが。
 最近は年末を控えて包丁の注文が良く入る。中國地方山間部は積雪の恐れとの天気予報で、朝1番にスタンドで冬用タイヤに交換してもらう。
 包丁の柄を買って夕方帰宅後に平田君から今日の作業報告。仕事の出来ない弟子の面倒を見て、親方の気持ちが少し判ってもらえた様である。

一発勝負

 祐敬君の鍛えた包丁に、彼が土置き、焼入れ。温度が高過ぎて全体に焼が入り、刃文としては失敗である。
 私の土置きは谷口君と平田君が見学して、私の焼入れを見せる。土置き通りに刃文が入り無難にまとまる。
 包丁も刀も最後の焼入れで世に出るか、出ないかが決まる。僅か5分程の工程である。鋼の炭素量、焼温度と水温が一致しなければ良い刃文が入らない。それを願って神棚に柏手を打つのである。

一人仕事

 連休の為遅れていた刀のひずみ取りを、弟子が休んでいる鍛冶場でのんびりと行う。
 火造りの終った刀に反り付けをした後、火中に刀を入れて全体を赤めて、内面応力を抜いて置いた刀を手に取ると、真直ぐだった刀身が棟、刃の線が曲がっているので手鎚で叩き元に戻す。これを終えて刀の表面に黒く付いた酸化鉄を研いで落とし、2階の仕上げ場でせん、ヤスリを使って表面を平らに削るせんかけを行う。弟子の面倒を見なくて良いので、仕事は進み午後3時には終わる。
 土置き、焼入れは明日谷口君に見せる事として、祐敬君の鍛えで私が焼入れをした包丁3本を荒研ぎ。何とか年末には会津へ帰せるが、本当の難しさは地元で包丁の販売が出来るかどうかである。
 本物の和包丁とは形でなく、日本産の砂鉄を使った和鉄鋼を使用した包丁こそ本物の和包丁である。頑張って日本刀包丁を造る、包丁工となって欲しい。

三連休

 21日・22日は大変忙しく今日は午前中3人、午後は2人の予約であったので少しは休めると思っていたが、予約なしの見学者が多く、連休中で殆ど在庫の弟子練習用の炭を使い切る。
 岩手県産炭入荷迄あと4日、岡山県産炭入荷迄あと7日。 備蓄の岩手県産刀用松炭が60俵あるので、最悪の場合はこの炭を使う。
 会津の祐敬くんも後1ヶ月程で帰るので連日鍛錬に松炭を多量消費。平井さんも脇差の反り付けに数日もかけて無駄炭を使うので、今朝は私の火造りの終わった刀に5分間で反り付けをして手本を見せる。僅か1尺3寸程の刀の火造りに1週間も要す。
 刀工試験は全コースを終わっても、1週間の期間であるのでとても合格は出来ない。自分の人生を懸けて入門したなら命懸けの修行をしなければ、とても刀工にはなれない。一層の努力を期待する。

多忙

 朝10時より見学予約者10名来所で忙し。午後は来場者20名。弟子による古式折り返し鍛錬。以後は男女を問わず向鎚の体験。2時30分たたら炉を解体して玉鋼を切断。来場者全員の方に本日の体験を喜んで頂く。
 僅か2・3時間では有るが鉄鉱石の生成から製鉄方法、刀の作刀工程の説明、そして向鎚の体験と日本の文化伝統精神に少しでも触れて、我が祖國日本の伝統に誇りを持って頂ければ、無國籍化する日本を立て直す事が出来ると思う。
 70才迄後1年余り、満身創痍の老体に鞭打って、弟子が卒業する迄後少し元気で頑張れる事を毎朝祈り、夜には今日も一日元気で過ごせた事を金屋子様に感謝して、二礼二拍手一礼で床に着く。

風量調整器

 午前中の分散作業が終ると公開鍛錬をすまし、明日の大人数4組の見学予約に備えて、炭切やたたら製鉄の用意が終ると夕方。 
 包丁3本に土置きをして、新しく製作して貰った風量調整器を送風機に取り付け、より正確に風量を調整しながら焼入れ温度を揃える方法を弟子に見学さす。長年使った鞴も修理が効かない。モーターで動かす送風機は風量が一定なので、微調整が効かず慣れない弟子は難しかったが、この調整器を使えば鞴に近い調整の効く焼入れが出来る。
 弟子の包丁焼入れは、この調整器を使って当分続ける。刀工でない祐敬君にはこの調整器を持たせて会津に帰す予定である。

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