刀鍛冶の日々

降し金

 涼しい午前中は鍛錬を続ける。その間に谷口君が降し金用の炭切。他は中心仕立て、せんかけ、造り込みと各自の仕事を進める。
 午後は一寸角に切断した鋼を降し金に。午前中の鍛錬で火床の温度は高く1回目の降し金は良く纏まるが、2回目は半分近くが吸炭し過ぎて銑となるが、炭素量の低い鋼と混合すれば何とかなる。
 火床の温度は高くても低くても欠点が出る。炭素量の高い鋼を降せばどうしても銑気を帯びて難しいものであるが、たたら製鉄で造った鋼の酸素、鉱滓は良く出るので刀に仕上がると刀身の傷は出にくい。しかし地鉄は良く詰んで鍛え肌は出にくく、地鉄の科学的変化も少なく両者並列は至難である。
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処理方法

 朝一番降し金をした玉鋼の処理と折り返し鍛錬を見学してもらい交代をして練習。一番最初に処理を誤ると鉱滓が鋼の中に残り、いくら鍛えても抜けず最後は傷となって切断となる。
 日刀保玉鋼は2トン余りの目方でありこれを砕断して選別出来るが、自家製たたらは古代と同じ大きさで、古刀期と同じで水べしも選別も無しで鋼を鍛えるので、傷の出る確率も高く古刀に多く有る傷の欠点も多い、現在は美術品として見られるので最初の処理を誤ると切断になるので、砂鉄から入念に選別、製鉄をしなければならず、古刀期の傷が有っても斬味を重視する時代では無いので復古刀は難しい。しかしそれを乗り越えなければならない。

友来る

 3口目4口目の鍛えが終わり5日目を2キロ積み沸かして纏める。谷口君が昨夜帰宅していたので、今日は玉鋼を切断して降し金用に薄く切断。まだ慣れていないので時間を要するが、毎月私の下働きをしていれば技術も上達の事と思う。
 今夜は九州と近畿から友人来る。三人で杯を重ねる。美酒。夜半迄、製鉄の話に尽きる。

鍛錬続く

 朝7時銑気のある降し金を鍛え始め10時には2口を終える。降し金で酸素は抜けているので殆ど膨れは出ないが地鉄は詰んでいる。3口目を鍛え始めるがたたら製鉄で十分に酸素が抜けていないので膨れが出るが、炭の火力が強く膨れが抜けて良く纏まる。今朝も雨が降り昼でも室温は50度を切るが、弟子の仕事を指導しなければならず鍛錬は昼で中止。
 1時間程で炭4俵を切り、平井さんのせんかけ指導。帰宅前にコンクリート打設。湿気も有り蒸し暑く下着を3回着替える。

鍛錬開始

 スプリングハンマーの調子も良い、炭の火力も良く鋼の沸きも申し分なし。砂鉄4種類配合の鋼を降し金にして炭素量を上げたので、少し銑っぽいが粘りが有るので良く纏まる。たたら製鉄の玉鋼だけでは粘りが有るが、斬れ味が少し落ちる砂鉄が混入している。スポットクーラーの風を大型扇風機で流すが炭の火力が強すぎるので、10時には室内温度が50度を越える。 午前中のみ鍛錬として午後は明日に使用する炭切。通常は10キロ3千円の炭代であるが、今は10キロ7千円から1万円の高額な炭なので火力が強過ぎる。平田君もやっと荒素延べ迄終わる。
 谷口君が文化庁に作刀申請書を出していたが1ヶ所印が抜けていたので書類を返却される。夏休みを早く切り上げる事を連絡。
 帰宅して産経新聞を見ると、高市早苗政調会長が誤れる河野洋平談話に代わる新談話を出す事を、菅官房長官に求めたが否定される。安倍首相も河野談話を踏襲すると言い、経済界や支那、朝鮮に遠慮して祖國の英霊を祭る靖國神社に参拝出来ない外交優先の政治で、祖國の正義が忘れられている。先の大東亜戦争が何だったのか。誤れる極東國際軍事裁判や日教組教育に洗脳されている日本人。
 いつになったら日本人は目覚めるのか!

鍛え前日

 刀の荒研ぎを済まし中心の荒削り迄進めて、内面応力を抜くのに寝かして置く。スプリングハンマーのセメントも気温が高いので、思ったより早く乾燥しているので明日は使えそうである。
 砂鉄の種類毎に玉鋼を分けてあるので、明日よりの鋼を選び昨日入荷の炭と広島県の炭を混合して炭切。取り合えず朝の涼しい内にハンマーと体の様子を見る事に。病院で消炎剤を貰って咳の回数は減るが1回の咳が激しく体力的に疲れる。
 明日よりの事を考えて午後は休みて寝ながら地金の配合や炭素量の事を考え、又弟子達一人一人の製作進行度を思う。

生き方

 午前中どうしても咳が止まないので病院へ。
 午後は休みたかったが松炭が入荷するので鍛冶場で刀を荒研ぎをしながら待つ。県内産炭は定期的に入荷するので助かるが、スプリングハンマーも後2.3日すると使えるので炭は直に減る。8月は雨が多く天気図はもう秋の冷気も張りし始め、9月は平年よりも涼しい予報。注文も多く入っているので早く体調を整えばならない。
 テレビは連日大雨による災害を伝えるが「人生至る所青山有り」年齢も性別も職業も関係無い。
 只々寸暇を惜しみ刀を打ち続けなければならない。神道國学の道を学びながら民族の魂を打つのが天職だと思い刀工に生きる。

慰霊

 「清く捧ぐる吾等十四柱の皇魂  誓って無窮に皇城を守らむ」
との共同遺書を残し、昭和二十年八月二十五日未明大東塾十四烈士の自刃。岡山県出身 芦田林弘烈士の六十九年墓前祭も雨降りしきる津山で行なわれた。昨年に続き大雨。
 戦後の自虐史観から今だ脱せない祖国、日本を憂うる天の涙と察する。目覚めよ日本!

弟子焼入れ

 午前中はスプリングハンマーの右側土台のアンカーボルトが少し動き、3ミリ程傾いているので工具店で削岩機をリースして削り、ボルト交換をする。生コンで補強したので5日位しないと生コンが固まり強度が出ないので使用出来ない。
 午後は弟子2人の土置き見学。刃文の美的感覚を求める。夕方は焼入れ。刀工試験の脇差と違い長い刀なので全体的に焼入れ温度が揃わない。刀の製作工程は2週間要するが、最後の焼入れ10分間程で売れるか売れないかの全てが決まる難しい焼入れ工程である。
 私の焼入れは相当見せているが、出来るか出来ないかは持って生まれた器用性にもよるが、それが無いのであれば努力以外無い。後二息も三息も要する。帰りてのビールは五臓六腑に浸み渡る。

セーフ

 昨夕焼入れをした短刀の反り直しと中心焼き戻しの後、注文刀の荒研ぎをしていると刀中の真中に5ミリ程の空気を噛んだ膨れが出る。1時間程60番の荒砥石で研ぐが膨れが破れて傷になり、研げば研ぐ程長く連なり7寸程に延びて万事休す。
 刃文も高く身幅も十分有るので刃先を1ミリ程狭めて再度研ぎ進めると、次々に傷は消えて無くなる。再度姿直しをして後日研ぐ事にする。砂鉄からの手造りである以上何等かの欠点も出て切断して食事も咽を通らない事も有るが、研ぎ上がった刀を納めて注文者の喜びの声を聴くと元気も出る。これが有るから刀造りが続けられるので有る。
 午後は昨年11月に大変お世話になったM先生が無くなり、御子息が思い出の本を出版されるのでインタビューが有り思い出話は尽きず。

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