刀鍛冶の日々

水戸からの便り

 先日納めた包丁は年齢を考え薄くして軽い物にした為に曲がる様なので、朝早出して弟子が寝ている内に作業を始め夕方には研ぎ上げて普通の重ねにして、丈夫な包丁を注文者に送る。
 帰り際ポストを見ると大高君からの手紙が届いている。帰省して1ヶ月職業は沢山有る様であるが、辺地で交通の便が悪いのと就職先がどうしても免許が必要なのでその準備中との事。今迄と違って文章力もしっかりとしており、9年前の入門時と比べると随分成長したものである。人間は向き、不向きが有り後者である大高君は刀鍛冶には成る事が出来なかったが、落ち着けば庭に鍛冶場を設けて趣味で包丁を造るのも楽しいものである。修業中の鍛冶道具は持ち帰っているで、素延べ迄して送れば鍛冶仕事は出来る。何よりも嬉しいのは上田祐定の弟子の名に恥じぬように、死に物狂いで頑張りたいと思いますと最後に決意を述べている事である。たとえ道は別れても大高君は私の弟子の人数に入っている。ずっと親方と弟子である。
 私も大高君に負けない様に後世に残る名刀を造り続けたい。大高君と過ごした9年間の思い出は絶対に忘れない。弟子全員が巣立てば水戸にも遊びたい。人との出会いとは不思議なものである。大高君のこれからの人生、長船で学んだ事を生かして欲しい。お便り有難う。
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大分県より

 昨日夕方大分県より刀の注文主が奥様と2人で10時間かけて刀の受け取りに来訪され、刀の出来具合に満足頂き家宝にして残せるとおっしゃって頂いた事に胸を撫で下ろす。4種類の砂鉄混合でこの1年間の中で刃の働きが1番である。本来は正副2振りの製作であるが今回は3振り造り、最後の作を納める事にしたので1ヶ月程予定が先延びとなったが、注文主の家に代々伝えるならやはり良い出来の刀を納めたかった。昨夜は自宅にお泊り頂き朝から弟子による古式折り返し鍛錬を見て頂き大雨の中をお見送りする。
 今日は弟子の短刀仕上げや脇差、刀の荒研ぎを指導して少し骨休みの1日。日暮れて菊池君が刀の焼入れ、なんとか刃文にまとめる。谷口君は後日刃文の確認をする事にして終わる。帰宅途中7時33分無事大分県に帰宅との電話を受け安心する。
 最近はお酒を飲むと直に酔ってしまうのは年のせいだろうかと思う様になって来た。

火力試験

 先日仕入れた雑木の炭の火力を見る。炭は柔かくて良く燃えるが炭の消費が早い。出来た鋼は少し少なく炭素量も低く、火力が弱いので海綿鉄状となり、鉱滓の中にも完全に鋼に還元していない物となり多量に残る。包丁にすれば5本程になるが刀の材料とは成りにくい。やはり松を焼く技術と雑木を焼く技術には違いがある様である。
 たたら製鉄は砂鉄と炭の質を考えないと良い刀が出来ないので難しい。その点日刀保玉鋼を使う刀工は地金を考えなくて良いので楽である。

六十七才誕生日

 納税準備も終わってから週一の休みが定期的に取れなく、最近は疲れるので今日は早めに仕事を仕舞いビールで乾杯と思い早出する。朝は短刀の心鉄を鍛えて皮鉄との造り込み迄と思っていたが、鋼の沸きも調子が良いので広島からの文化包丁の鍛えも済ます。昼に帰宅と思ったが包丁の注文も多く、三尺余の刀の材料迄も手を付けかねないので、明日たたら製鉄を行なう事にして一人でたたら炉の塗り直し、砂鉄の選別を終わると五時になる。連日の早出であるが松炭の火力が有るので、沸かしも面白い程に沸き楽しい毎日である。やはり鍛冶屋は鍛錬をしている時が最高に生きがいを感ずるものである。
 松原木の入手先も決まり、炭焼き屋さんも新たに専属先が二軒も出来て松炭の不足は解消の見通しであり、今夜のビールは五臓六腑に染み渡る。こんな楽しい六七年間を送っている事に、今は亡き両親に深く感謝したい。私の生き方に反発して家を出た三人の子供にも未練等毛頭ない。今は後どれだけの刀が残せるかであり、新しい作域に明日から又挑戦の六七才である。

皮鉄終わる

 今日も早出して谷口君が鍛冶場へ顔を出す迄に、鍛冶場のトタン壁を破り室内の熱風を外に出す様にしてから、短刀皮鉄を昼迄かけて鍛え終わる。一区切りついたので午後は昨日の包丁3本を夕方迄研ぐ。短刀が終われば2ヶ月程かけて3尺3寸を造ればゆっくりしようと思っていたが、意外と今年は注文も多くそうも行かない雰囲気になって来た。炭の在庫も十分であるが夏場は炭焼もしないので、夏でも包丁が打てる様に岩手県へ松炭の注文をする。
 平日は全員が独立資金を稼ぎにアルバイトに出るので炭の使用量は大きく落ち込み助かる。仕事が終わって弟子部屋を覗くとゴミの山である。平田君は殆ど日中は部屋に居るのにゴミを捨てなく、大きな袋に2個も異臭を放つゴミを道具部屋に置いてあり意外な一面を見る。作秋迄は毎日弟子が仕事をしていて多忙であり個人の生活を見る事が無かったが、それから時折弟子部屋を覗くがいつも汚い。
 掃除も出来ないのに仕事が出来ないのは当たり前である。改めて弟子の家庭教育の不足を認識。私の青年時代の様に集団生活で教練を受けた事が今では懐かしく思われる。

雨降る日

  早出して短刀の鍛錬。松炭代は今迄より3倍と高くなるが、鋼の沸きは最高に良く注文者の期待に応える事が出来ろと思う。昼前に雨の為漏電かハンマーのブレーカーが落ち使用出来なく、午後は包丁の火造り、焼入れ。6時迄荒研ぎをする。先月に包丁を購入された方が再度訪れるが、手持ちの包丁が無く弟子の包丁を買って頂く。
 最近は包丁の注文が多く、刀と二足の草鞋は忙しく休憩も取る間が無く電話も多く対応も忙し。春も駆け足であり降りしきる雨も暖かく桜の開花も近いが、谷口君の刀工試験も2ヶ月後となり脇差造りも忙しくなる。谷口君の今夜のアルバイトは休みで菊池君も帰宅。宿舎の2階は2人となり少し寂しく、平田君も殆どの日は夜間の勤務となり、谷口君と2人だけの仕事となり話す時間も多くなる雨降る日。

どちらが真実

 注文者の寸法変更で新たに短刀を造り直す事とする。一家の家宝になるので姿等は思い悩むものである。
 以前から考古学の本で製鉄跡の分析を読んで記憶が有ったので、昨日中國山地に松炭を受け取りに行っての帰り道、谷口君と2人で製鉄跡の見学に行き小高い丘の斜面に炉の跡が有り、浅い谷にはスラグを捨てた場所も有り看板には7世紀に砂鉄製錬とあるが、本には6世紀鉄鉱石とあり分析が出ている。近辺にはかんな流しの水路も砂鉄採取に適する場所も無く、おそらく磁鉄鉱を使ったのであろう。真実はどちらか?
 古今和歌集には詠人不知で
     「真金吹く  吉備の中山帯にせる
        細谷川の  音のさやけさ」
と有るが古代には美作、備前、備中國を吉備の國に含み、中山の地が山並に連なりそこで磁鉄鉱を吹いていたのであろうと思う。そんな事を想いながら砂鉄と磁鉄鉱を混ぜて短刀の地金用のたたら製鉄を行なった。吉備の中山とは中國山地が真実ではないかと思う。
 

入荷ルート

 仕事休みであったが谷口君と2人で片道120キロ離れた、県西北部の炭焼き小屋へ松炭の受け取りに。今後の事も有り炭焼の期間や原木の松問題、値段の事等を話す。帰り道製材所に立ち寄り原木の注文。今迄炭の複数ルートを求め、一つの炭焼きが止まっても他から入荷出来る様に段取りを進め、やっと見通しが出来る。
 刀を造るにはどうしても松炭が必要で有り、先行きばかりを考えていたのでは刀を打てない。松の入荷出来ない炭焼き屋さんには松の原木を提供して焼いてもらったり、山林の買い取り等を考え何が何でも松炭を用意しなければ、これから刀工として独立しようとする弟子が日本の文化伝統を受け継ぐ事が出来ない。そうでなければ民族の魂は継承出来ない。
 松炭の無い事を嘆きながらも入手ルートを広げなければと思う。人間の一生は短いものであるが、日本刀の寿命は千年にも及ぶ。

弟子焼入れ

 朝より弟子の集めた未分析の砂鉄を混合して吹くが歩留り18%止まり、恐らくFe含有量の少ない砂鉄であろうと思われる。あと200キロ程有るが使用しない事とする。日曜日で来客も夕方迄多く菊池君は刀の土置き、金沢君は短刀の土置きをして日暮れを待つ。7時焼入れ開始、菊池君は初めての刀焼入れで有り、切先の置土が落ちて中止。金沢君は短刀なので焼温度も揃い成功。
 2トンの松原木を炭焼き屋さんにお願いしていた炭が、明日昼迄に袋詰めが終わるとの連絡有り。

土曜日

 山本君のたたら製鉄は歩留り35%。炭の火力が良いのが第一の原因で炭素量も高く非常に硬し。
 午前中は短刀の鍛錬、煙突の上部の空気抜きに張ったステンレスの網目が詰まる。煙突が大きくなったせいか、松炭のせいか2日に1回は金ブラシで粉を落とさなければならないが、室内の温度は低く体は楽になる。来客時にたたら解体と折り返し鍛錬、記念撮影。
 夕方から1人でたたら炉の塗り直し、予熱の炭に着火すると8時30分、空腹で少し低血糖気味になる。

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