刀鍛冶の日々

今夜

 日中に宅急便で大高君の荷物も送り全て整理は終り自宅で妻と3人で慰労の夕食をする。
 長くて短い9年間を振り返る。鍛冶職としては不向きであるが、9年間伝習所で学んだ生き方は決して無駄で無く、これから新たな道を歩む大高君にとっては有意義な年月であったと思う。私の刀工生活でも多くの弟子が辞めて音信不通で、その後の人生をどう過ごしているやら不明であるが大高君とは一生親方と弟子の付き合いを続けて行きたいと思っている。・・なぜか酔えない今夜。
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惜別の情

 刀の鍛錬をしながら帰省に備えて身辺整理をしている大高君を思うと胸が痛む。入門9年にして鍛刀技術が及ばず伝習所を去る事になったが、年末から先日迄一生懸命彼なりに頑張った事は認めるが刀工試験には合格しない。これで刀に思いを残す事なく別の道を歩む事が出来ると思う、大高君はこの9年間で人間的に大きく成長したので、自分に適した職業を選べば十分に生活出来る。
 この9年間親は子供が刀工に成る事を夢見て生活費を送り、苦労したが帰省したらその分親孝行をして欲しい。9年間伝習所で何かを学んだと思う。その良い所を自分の人生に活かして欲しい。職業には自分にとって適、不適が有る。残った弟子は刀工資格を持っていても独立出来るかどうかは判らない。独立しても生活の心配だらけで日本の文化伝統を守るのは生易しいものではない。それを思えば鍛刀技術が及ばず会社勤めをして給料を貰うのが楽である。それも人生である。明日夜は自宅に招いて慰労したい。
 人生は生まれも育ちも違う者が知り合う場所である。修行時代を懐かしむ時もきっと来る。君の事は忘れない。

風邪

 伝習所では一人が風邪を引くと次々と感染して最後は全員が不調となる。
 午前中は積み沸かし、折り返し鍛錬を始めるが熱が出てふらつく。午後は大事を取って楽な火床の塗り直しや藁を焼いて明日の準備をするが、悪寒を感じて早退。風邪のせいか夜になると咳が続く。
 無理のきかない年になった事を思う。今夜は早く寝て明日に備える。

気分は楽に

 昨日仕上げた税金の申告書類を商工会に提出。1年間の収支を出すのに4日間も要した。やっと気分は楽になり刀の中心仕立てを終わり、後は土曜日に銘切り。遅れに遅れた鍛錬にやっと入れる。たたら製鉄で鋼を沢山造り卸し金も出来ている。しかし平日は弟子がアルバイトに出ているので全て一人で雑仕事もしなければならず多忙。夜も電話で問い合わせ等も有り結構忙しい。赤坂鍛錬所での一人仕事が思い出される。

炭問題

 山本君と2人で林業店へ松材を注文に行くが、入荷時期が不明なので炭焼き屋さんに会ったがそれ以上の説明が出来ず帰宅。
 今全國で刀工は炭不足に悩んでいる。日刀保玉鋼は在庫が6000万円程有り、全國の刀工はお金さえあれば鋼はいくらでも買えるが炭が無ければ刀は造れない。それに松食い虫の被害は東北に迄及び松の値段は高騰し続けている。もう個人の限界を超えている。日本の文化伝統を絶やさない為に早く手を打たなければ次世代の刀工が育たない。現状ではいずれ松炭が無くなる。長い日本の伝統文化が滅びる事になる。國の支援が無ければ松炭は無くなる。

たたら製鉄

 岩手県よりの炭が雪の為に遅れているので鍛錬を中止して砂鉄を吹く。歩留り25%。
 朝5時出なので弟子は寝ているが、たたら製鉄は音が出ないので朝早くからの操業が出来る。炭の為に作業日程がずれ込むので明日は松の原木を扱っている店と、それを焼いてくれる炭焼さんの所へ山本君と出掛ける事にした。
 この寒い期間に鋼の鍛錬をしておかねばならない。暑くなるともう体力的には無理である。

餅鉄たたら

 1時間に5キロの餅鉄を投入、砂鉄はFe含有量が少なく鉱滓は多く出るが餅鉄は3時間20分経過してやっと炉の温度が上がり始めて排出する。20キロでは玉鋼が8キロ余りと少なく、30キロ程投入すれば5~6割の歩留りとなるが朝から全身が痛み、頭痛と咳に悩まされ追加投入はしなかった。
 夕方砂鉄選鉱をしながらいつ迄も出来ない大高君にその日指摘された事を夜に反省して、ノートを見ているかを尋ねるが全くしていないので、同じ失敗が何十本と続く。彼の事を心配して胃が痛み、口の中は口内炎が4ヵ所も出来る。「親方の気持ちが判るか」と尋ねるが返答は無し。2月末迄に出来なければ刀工試験の願書を出さないと再度言うが何も語らず。多くの弟子を育てたがこんな弟子は初めてであり、9年間に鉄と炭を消費して無駄な時間を彼の為に使っただけである。
 私の師匠の所では1日でクビになる。私が優し過ぎたのではと思う。

疲れて

 朝より餅鉄を火床で焼きスプリングハンマーで砕きさらに手鎚で砕く・10キロの餅鉄を細かくしてたたら製鉄用にすると12時になる。昨日の餅鉄と合わせ丁度20キロとなる。砂鉄の選鉱と比べ5倍程の労力を要する。明治期高炉式近代製鉄に移行する迄は大変な製鉄作業であった事は、岩手県釜石市の製鉄跡が物語っている。又大正時代の初期迄島根県で近代製鉄に対抗してたたら製鉄で、銑生産を続けた当時の日誌を見れば頭が下がる。
 私の玉鋼造りは外國産砂鉄を使った玉鋼ではなく、あくまでも國産砂鉄での玉鋼で日本刀を造る事である。今月は短刀二口造った。包丁も沢山作った。たたら製鉄も4回行う。疲れ切るがやっと午後から鋼の積み沸かし台を6個造り刀造り始まる。
 2月は多忙で刀造りの予定が大きく遅れる。今月も既に二振りの注文が入り炭を如何に確保するかを悩む。弟子は遠慮なく炭を使うがお金を出しても炭が入らない事を判っていない様である。

磁鉄鉱

 鍛冶場を片付け土曜日の餅鉄製鉄に谷口君と2人で炉の解体、塗り直し。最近手に入れたケイ素分の多い土を炉の側面に塗り、玉鋼の成長を助ける様にする。午後は餅鉄を金床の上で手鎚で砕く。今回の餅鉄は磁鉄鉱よりも赤鉄鉱が多く砕きやすいが磁力の無い物が多い。磁鉄鉱に比べて赤鉄鉱は柔かいので長い期間に川の中で流されすり減って小さいし不純物も多く含まれる。それに比べて磁鉄鉱は硬く割れにくく砕いても火花が飛び散り断面は98.5%のFe含有率であり、製品になると99.9%の鋼である。僅かながらA介在物が残っているがB,C介在物は無いので斬味も良い。材料が予定より少ないので明日は大きな磁鉄鉱をスプリングハンマーで砕く事にする。
 本日文化庁より平成26年の刀工資格講習受付の文書が届く。谷口君は申し込むが大高君は2月末迄様子を見る事を告げる。もう3日も寝込んでいるが心身の疲れと思う。受験締切は3月5日だが実地試験は5月末なので今造っている脇差の火造りが出来れば、規定の時間内に仕上げて合格に繋がるが、急に技術が上達するものでもなく日々の努力、工夫の積み重ねが結果として出るのである。残された日を悔いなく過ごして欲しいと思う。いずれにせよ岡山県で9年間を過ごした事が将来に役立つ事を願うばかりである。

卸し金について

 切断完了して一昨日の卸し金時に出来た銑の処理を考える。今迄は1回3キロの卸し金の最後に銑を置き全体を銑でコーティングする方法であったが、鋼と銑の融点は銑が低く火床の温度が低い最初の卸し金時は銑を下に置き、上に鋼を置き吹いた方が良く纏まる。いつも最初の卸し金は炭素量が低く問題であったが、この方法は非常に良い方法であった。15キロを5回に分けて卸し金にしたが古鉄よりも純度が高いだけに、鋼の卸し金は炉の温度が高くなると新しい炭を使って炉の温度を上げ過ぎない様に気を付ける事である。
 見学した谷口君は工業高校金属材料科出身だけに出来た卸し金による玉鋼を見て判断出来る。伝習所は工業高校や工学部出身者が多いので1回の説明で直に理解する。やはり鉄の基礎知識を知らなければ実践が伴わない。

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