刀鍛冶の日々

8日間

 今日は菊池君が加わり大高、平田、秋山君と4名が作業。本体の鍛冶場は出来た。来週に鍛冶場の入り口を造れば2日間程で終わる。木材を除きトタン等は古い材料を再利用したしセメント、砂、鉄筋だけで済ます事が出来たので非常に安上がりで出来る。
 しかし誰が見ても素人の仕事であるが早く造らないと全員が仕事にならないので急ぐ8日間であった。
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柱立

 朝3時起床、散歩後長船へ。弟子は寝ているが一人で鍛冶場の柱立ての用意。平田君、大高君、谷口君の3人が手伝いスプリングハンマーの入る柱を除き7本の柱を立て、柱を垂木で繋ぎ火床周りをトタン打ちして屋根にもトタンを打ち付ける。蒸し暑く3回も着替える。夕方4時、今日も終わる。見学や体験会の予約も入っているので急いでも彼岸迄は終わらないが出来るだけ狭くして何とか車2台の駐車場は確保できる。慣れない仕事は疲れるが工費を安くするには自力工法しかない。

ハンマー基礎周辺完成

 休日にも拘わらず平田君と大高君が手伝い火床造りに続き金床基礎も終わり今日はハンマーの基礎周りのブロック積みやコンクリート打ちが5日間で終わる。夕方には楔や釘の買入をして明日の柱や木材の下見をして帰る。台風の影響で3日間程曇り空が続くので建物の骨組みと屋根作り迄は今月中にしたい。

ハンマー基礎

 弟子が休みなので早朝よりセメントを練り型枠にコンクリートを打設。連日の作業で腰痛は酷くなる。床より起き上がると激痛。しかしあと一日でブロック積みも終わる。後は建物となり一応区切りも付く。図面は頭の中にあり考えながらの作業なので一人仕事となる。午後は荷造りをしてアメリカへ包丁を送り税金等を支払い休む。火を見る事がないので目は痛まず楽である。

金床備付け

 今日も暑し、午前中は弟子が積み沸かしの練習。午後は弟子の出席も10名と多いので火造り練習以外の弟子に手伝いを頼み少し早いが金床の基礎の型枠をばらして150㎏の金床を備付ける。やはり人数が多いと力仕事は速い。谷口君と2人で金床の基礎の上にスプリングハンマーのコンクリートを打つ為の型枠を組む。高校は工業土木科を2年迄行ったのでお手の物である。語りと文章は普通科を卒業したせいで得意なのかも知れない。
 剣道日本の本に全国的に出たせいか見学予約や注文刀の問い合わせが多数有る様になってきた。早く目の痛みが治り刀造りをしたいものである。鍛冶場の増設も彼岸迄は日数を要するので火を見る事も無いので目の痛みも多少良くなるのではないか。

慰霊祭

 朝より日は照りつける。
「清く捧ぐる我等14柱の皇魂誓って宮城を守らん」との共同遺書を残して烈士達は自刃して67年の命日を迎えた。岡山県よりも芦田林弘烈士が出ている。25歳にして妻と幼子を残して去る。
 墓前には妻かな子の碑文が25年後に建立。
「君逝きて25年の夏冬を今ぞ語らん墓の御前に」参拝して玉串を捧げると涙流る。烈士の気持ちと混濁の日本を憂う。私は何処の民族団体にも属していないが日本人として民族の歴史を学び日本人として大和心に殉ずるのは当たり前ではないか。それが無いから今日の誇りの無い日本になっているのだ。

金床基礎終わる

 あまり暑いので平田君、谷口君にセメント練りを手伝ってもらい昼迄かけてスプリングハンマーの基礎部分のコンクリート打ちを終わる。ホームセンターには小さなボルトナットしかなかったが30年位はもつであろう。金床部分は砂、砕石、セメントを設計して強度200㎏位にしてある。将来、弟子が新しい機械を入れる頃には私も居ないであろう。若い弟子は火床の造り方、スプリングハンマーの備付け方を覚えておいて欲しい。私の人生でこれが最後の鍛冶場造りである。もう少し良いハンマーと鍛冶場にしたい気持ちはあるのだが。
 暑い午後秋山君が卒業試験の刀の火造りを行っているが連日の疲れと腰痛の為に早帰りをして糖尿病の薬を取りに内科へ。目の検査の為に眼科へ。目の手術後は完全に治っているが目の痛みは治らず病院も打つ手は無し。鍛冶場を造る間は火を見る事も無いので痛みも幾分違うであろう。目も見え出したので弟子の造った途中の脇差を見るが欠点だらけである。あまりにもひどい。細かな所迄を丁寧にしなければ良い刀が出来ない。

信条

 処暑とは言え猛暑である。昨日の火床のブロック積みは硬化しているので上部のブロック積みを終える。天気も良くモルタルの乾きが早いので小さな事は言わなく使用出来れば良いので少し荒くても彼岸迄に作刀出来る様に急ぐ。当初予定より工期も予算も半減。鍛冶場を倍の能力にして秋山君と平田君は来春迄に一人で全ての作業が出来る迄にしたいし、今迄の鍛冶場は受験生の専用として分けて作刀を続けたい。これで一人当たりの仕事量も増えるので全員合格して欲しい。砂鉄よりの自家製たたらで玉鋼から刀を造るのは難しいが頑張って欲しい。
 文化庁の美術刀剣刀匠と言う資格試験に合格した位で一人前の刀工だと思っている刀工は山程いるが殆どの刀工が刀工で生活出来ないのが現実であり、それに気付いた者は次々と鎚を置く。本当の刀工とはそれで生活が出来る事である。
 帰り道NTTに寄り、待ち時間に新聞を見ると朝鮮売春婦の像に『竹島は日本の領土』の碑文が日本の右翼団体によって立てられていたと三面に出ている。前回もそうであった。アメリカ製日本国憲法廃棄、元首には天皇陛下である。自衛隊を国軍にと戦後政党の中で唯一真っ当な政党である維新政党新風である事は明白であるのに右翼団体、とあえて言う。参議院選にも確認団体として3回も出馬している。国会議員はいなくても地方議員はいるのにマスコミは諸派、と呼ぶ。それでは国会議員のいる政党が戦後の日本人をどれだけ左翼的思想に持っていったのか。だから維新政党新風は日本の維新を訴えるのである。戦前の二、二六事件でも戦後の三島事件でも日本は変わらなかった。残された道は選挙で国会議員を送らねばならない。長い道のりである。明治維新より植民地主義の白人社会と戦い続けた日本を卑下する反日日本人の増えた戦後に於いて数々の維新者の方々と知遇を得たが多くは鬼籍に入り、若者であった私も今は老人となるが信条は変わらず今も多くの方々と維新者の道を歩む事が出来、家族以上の御付合いをさせて頂く。
 67年前の8月25日代々木練兵場跡にて「清く捧げる我等14柱の皇魂 誓って宮城を護らん」との共同遺書を残して自刃した烈士の慰霊祭が近づく。慰霊とは生前を顕彰してその意志を継ぐ事にある。國體の勉強も御祭りも行動も三位一体とならなければ真の維新者にはなれない。暑い8月である。

火床造り

 縦横1,4m、高さ60cmの火床の下部をブロックで築く。セメント、砂を練りながら三段積み。材料は力の有る平田君が車に三回も通い積み込みて運ぶ。昨日は片付けで150㎏も有る金床を一人で動かしたので腰が痛み一日平田君に手伝いを頼み下部のブロック積みを終える。明日はブロック囲いの中に赤坂で解体したブロックやコンクリート片を入れ、その上にU字溝を乗せて下部完成の予定。天気も良くモルタルの乾きも早く助かる。受験生の弟子は脇差の火造りや中心仕立ての練習に汗を流す。鳴海君も辞め今日は5人だけの淋しい一日であった。私の手書きのブログを菊池君が打っている。未だ全員の揃わぬ長い夏休みは続く。しかし鍛冶場造りは秋の彼岸迄には終わらなくては弟子が思う存分に仕事が出来ないので急がねばならない。慣れない仕事で疲れ果てるが鍛冶仕事で火を見るよりは目が楽である。それにしても暑い毎日が続き雨が降らないので今年は砂鉄が多く集まらないかも知れない。適当に雨も欲しいものである。
 読みたい、勉強しなければならない本もあるが明日の為に早く休む事とする。

用意

駐車場を片付け増築の用意。ブロック、鉄筋を買い入れ火床の構築準備に入る。図面は鍛冶場を広くしていたが火事の心配や炭小屋の炭の出し入れ等の関係で少し狭くなるが何とかなるだろう。懐具合も有り、立派な鍛冶場は出来なく素人の手作りになるが刀が造れればそれで良い。鍛冶場はいずれ無くなるが刀は残る。弟子達が一人前の刀工となり得る迄、使用出来ればと思う。昨日の砂鉄集めで足腰が痛む。火は見ていないが目が非常に痛む。九月は涼しくなって来るので見学予約も入り出す。

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