刀鍛冶の日々

日本刀維新

見学予定者も居なかったので、刀工受験者が玉鋼を薄く潰して積み沸かしの練習、そして交代で横座でふいごを吹き向槌で、折り返し鍛錬を繰返す。

文化庁の試験では二級の玉鋼を使用するので、同一の玉鋼で練習。文化庁の都合で受験出来無い2名分の玉鋼が余ったので使用するが、硬くて粘りのない玉鋼は向槌を打つ者も鉄が伸びなくて人間が延びる。

やはり製鉄時にアルミナが入る事と送風に問題が有るが、一番は使用する砂鉄に問題がある。弟子達は自家製の玉鋼と市販の玉鋼を比較するので、こんな玉鋼で実戦用の刀を造る事を危惧する。

折れず、曲がらず、良く斬れる日本刀はやはり市販の玉鋼では限界がある。砂鉄よりの自家製鋼を使用して居ない刀工には、自家製たたら製鉄で造った玉鋼の良さが判らないし、又戦前の玉鋼との比較が出来無いので、市販玉鋼で満足している。

刀は実践に使われた時代の地金に戻らなければならない。文化庁の支配より離れて、日本刀の維新を行わなければならない時が来ている。
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鍛冶場の一日

県内産松炭0.7トン入荷、早速来年受験生となった2人が折り返し鍛錬、受験生の石原君も試験用の梃棒造り。午後は平田君の刀の鍛錬、最終は脇差の焼入れで夕方5時。今日は夜のアルバイトもないので、全員ゆっくりと仕事が出来る。

世間では休日続きであるが、見学予約が多く入っているので、休日振替として刀剣造り続行、昨日あれ程ひどい火造りをしていた菊池君も今日は手直しをして良くなった。

毎日々受験生の指導、刀工資格を持った弟子の刀造り卒業試験と休まる時もないが、この弟子達が日本の伝統を守る事を思えば、師から受けた恩を少しでも返す事が出来る。

親方は刀と心中する気で頑張っているので、若き弟子達も後に続け。

悩む

受験生が脇差の火造りをする側で砂鉄吹きをして玉鋼を造る。BSジャパンを見た数組の見学者があり最後には炉を解体して、感動して頂く。

受験一ヶ月前、しかし弟子の仕事はとても合格点を与える事は出来無い。個人差と仕事の出来、不出来の差が大きく大いに悩む。合格が運、不運で左右される様ではだめで、常時良い仕事が出来なければプロになれない。

年月を経る毎に刀工試験に合格出来無い弟子が残って来る。伝習所と他の一門の違いは地金を砂鉄から造る事のみで、他の作業工程は同じである。

ごく普通の仕事が出来無いのでは、最低の点数で合格出来ても専業としては生き抜く事は出来無い、秋山、平田、鳴海に続く弟子は出ないのか。

日米友好

鳴海君の沸かしは市販の玉鋼と自家製の玉鋼との温度の違い確認しなければならない。一息入れる頃には米国より親子で伝習所に来所。早速平田君が横座に入り、向槌3人を使って折り返し鍛錬、脇差の焼入れ。やはり平田君が一番上手、次に秋山君と続くが、丁度秋山君は砂鉄吹きをしていて、自家製たたら製鉄を見て頂く。

通訳にはM先生御夫婦がして頂くので助かる。日本と米国は幕末より200年足らずの国交であるが、現在の世界情勢にとって日本と米国は切っても切り離す事の出来無い関係に有る。

小さな片田舎の刀造りの伝習所ではあるが、世界から日本の刀造りを見学に来る外国人の中でも、米国人は最も親日的である。日本の伝統文化を知って頂き、お互いの国を理解しあえる事で民間の日米友好に役立てれば幸いである。

秋山君はたたら製鉄の部は合格とする。

長き一日

今日も朝5時出発、赤坂鍛錬所の柱は7本中5本が腐り、菊池君の応援で鉄筋、鉄板を溶接して倒壊の危険を防ぐ。夏の暑く鍛錬に不向きな時に解体して移転を始めたい。

今日は平田君が始めての刀の鍛錬を続ける。申し分ない沸かしである。刀工受験者もそれぞれに準備を進める。大高君の父上にも水戸から来て頂き、事情を話し了解を得る。

連休中に販売する包丁も連日鳴海君が研ぎ上げて完成。連休中に炭代、砂鉄代を捻出しなければならない。弟子を育成するには時間も御金も要す。

しかし伝統技術は師から弟子へと順送りである。師から受けた恩恵を弟子に返してゆくから、今の世に徒弟制度は必要だと思う。

秋山君卒業試験始まる

受験を目指した大高君と谷口君には心苦しく受験を中止させたが、二人共に不満ももらさず今迄と同じように仕事をしている。胸中は計り知れない。二人が文化庁の犠牲になり、他の四人は受験出来るが、二人の犠牲の上に立っての受験であるので、絶対に合格して欲しい。

朝五時より秋山君が卒業試験を受けるのに砂鉄を吹く。午後には10キロの玉鋼が出来る。内弟子の中では一番最初の卒業試験、良い刀が出来る事を願っている。

秋山君は伝習所が出来てから最初の刀工試験に合格、本来器用な方で指摘する事はないが、今の世の中は技術と共に自分のハートを売らなければならない、自分の刀に対する気持ち、意気込みを知ってもらわねばならない。そこにはやはり修行をやり切った者でないと、語れない言葉が有り気持ちがある。

御客さんに自分を買ってもらえるように卒業試験を頑張ってもらいたい。

刀工試験者減員通知

朝4時、今日も赤坂鍛錬所片付け。東側倉庫解、借家である。鍛錬所は倉庫がなくなるとトタンとシートで囲われた廃屋である。週二日間鍛錬に使用して月3万円の家賃を支払い、もう32年間になる。

刀工試験が終わると引き払う予定であったが、午前中文化課より電話が有り、文化庁から全国の受験者が12名の予定枠を越えたので、受験者五名中2名を中止して欲しいので、氏名を知らせとの事。

一年前から受験の予定で修行に励み、受験申請後に受験中止とは悩む。全国の受験者人数も知らされず、一方的に受験予算が決定しているので、事前通知通り中止とは現刀工試験が始まって以来の事である。

多少受験者が多くても、日本の伝統工芸を受け継ぐ者を育てるには、わずかな予算オーバーと思う。毎年々受験者は少ないので、わずかのオーバーがあっても良いのではないかと思う。

金屋子神社大祭

鉄の祖神、金屋子神社春の大祭に向けて朝6時30分発。三月の参拝時は大雪が残り、冬景色であったが山深い中国山地も桜が満開、木々は若葉が出揃い厳しかった冬が一瞬春になっていた。早く参拝をした日刀保たたら、又刀工の方々と元気な顔を会わす。御元気な阿部宮司の祝詞に続き、玉串奉奠。自己の赤き誠を祈念して夕方帰宅。

刀工界も不景気で、日刀保たたらも大変であるらしい。しかし刀工である以上は刀を物と見る唯物論では生活の貧窮ばかり気にするから、刀工を離れるのである。赤貧洗うが如しの中でも民族の魂を打っている。唯物論に重きを置き、神仏に祈り、刀を打ち続ける事が日本の文化と伝統を守る事である。

先ず自ら範を垂れなければならない。一門の弟子にその気概有るや、否やと思う。

失敗続き

3日間続けて砂鉄吹き、見学予約者の前で受験生の練習になればと、阿部さんに横座をまかすが、注告を聞かず続行して、てこ首を落とし鍛錬をしていた鋼は火床の中でくずれてもえる。鋼は組織がダメになる。

鳴海君が変わって付け直したが、菊池君が昼迄かけて造った鋼にダメになった鋼を大きく入れて鍛接大失敗である。
こんな事だから受験に失敗するのである。私が刀工試験官でも絶対に落とす。こんな弟子が刀鍛冶になると思っただけで気分は重くなる。

鳴海君刀造り始め

朝4時30分たたら炉着火、11時解体。砂鉄吹き中に鳴海君が炭切りをして午後より玉鋼を切断し、沸かし延べて鍛錬開始。同期の平田君に続いて一人で刀が造れるように独立を目指す。刀工受験生と違い流石と思わせる沸かし、折り返し鍛錬である。二人揃って来春には独立させたい。


伝習所で一番早く刀工資格を取った秋山君も近々卒業試験の予定。砂鉄よりの玉鋼造りから始める。伝習所の一番の特色はたたら製鉄である。私が二番目に学んだ当地の今泉俊光先生は戦前より刀造りを始めて、現東京工大前身に学ばれており、製鉄に通じ戦後刀工として始めて砂鉄より刀を造られた。


先生に習った方法で玉鋼は出来るが、歩留まりが悪く中断していた折、岡山出身の刀工の方が非常に効率の良い炉を開発していたので、その炉を使い試作研究を行い。国内及び外国の砂鉄も入手して、種々の実験で成果を出せた。

日本、ブラジル国交100周年で友人が私の刀で、現地で斬試を見せた。県内でも畳表3枚巻きを片手で斬り落としている。今泉先生より習った製鉄方法を次代の弟子に残していくのも文化の伝承である。

伝習所には見学無料なので多くの方々が来所されるが、折り返し鍛錬を見るのは始めてである。無論年間200人程訪れる外国人もそうであるように、日本の伝統工芸を知らない。

私の時代はそんなに長くはないが、私に続く為に折れず、曲がらず、よく斬れる刀造りの方法を残して置きたい。数少ない刀工が不況の為次々と槌を止めているが、秋山、平田、鳴海君は刀工を止めずに頑張っている。又それに続く受験生もいる。無名の若者にもきっと花咲く時が来る。


日本の文化と伝統を守って行く刀工になってもらいたい、名誉や地位を求めず刀と心中する気がないと、刀工は続ける事が出来無いと思う。

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