刀鍛冶の日々

8月も終わる

朝から鍛冶研ぎ、中心仕立てを終わり家に帰れば7時、一日の大半を鍛冶場で過ごす。弟子の仕事を横目で見ているが、どうしても沸かしが出来ず困った事である。

文化包丁2本を配送するも、今日も又文化包丁2本の注文がはいる。問い合わせもあり忙しい。一週間前の入荷の炭もあと少しとなり100俵の注文をする。こんな不景気な時に次々と包丁の注文が入る事は地金の試作上は大変ありがたい。

炭が入荷すればたたら製鉄もしなければならないし。9月3日より岡山県の文化祭に協力事業として参加しているので、土、日、祝日は無料公開を刀工集団として行い、併せて御守り短刀展も一年間の地金研究成果として、展示販売も行うので忙しくなる。

毎日々忙しい日々で過ごし、今日で8月も終わり、残す4ヶ月もすでに11月終わり迄は予定が入っている。涼しくなる迄に包丁の注文を済まして早く刀造りに入りたいものである。
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低血糖

朝より焼入れをした脇差、短刀の姿直しを120℃~150℃の温度で刀身を熱くし、曲がりを叩いても焼きの入った刃文の部分が割れないようにし、曲がりや反りの調整を行う。

本来ならば弟子も親方の方法を見て、自分の脇差を自分で直すべきであるが、アルバイトがあるので私の脇差等と一緒に直す。

そして刀身の荒研ぎ、中心仕立てをして、あと短刀の研ぎだけとなるも、低血糖状態が起きて来たので中断して休み、翌日へと廻す。

夕方迄休むと楽になるが、昨日の焼入れで炎の色を直接見たので目が痛みて止まない。

焼入れ

弟子が来る迄に脇差、短刀、包丁の土置きをすまし、弟子はその後に昼迄かけて、せんかけ、土置き。
午後は私が次々と焼入れをする、合計4口。脇差二口、短刀一口共に良い刃文が入っている。

砂鉄の配合比が良く出来ていたと思うし、絶対に他の刀工の真似る事の出来ない地金になっている。同じ場所で取れた砂鉄で造った玉鋼はどの刀工が造った刀も皆同じ地金である。

昨日訪れ、包丁の出来を評価して頂いたNさんと同じ地金を使って包丁を造る。2日後には包丁2本を研ぎ上げて発送の予定。今日も包丁の注文が入る。

暑いので大きな刀を造るよりも、小さな包丁であれば体が随分と楽である。今日本に台風12号が近づいているが、風が吹かず中国山地には雨が欲しい。一年で一番砂鉄が川に流れる時期に入った。

彼岸を過ぎると暑さも和らぎ、刀造りが本格化するし、刀工試験練習用の玉鋼も必要になり忙しくなる。それに卒業生の刀造り練習もある。既に9月は来客取材の予定も入っている。

御土産

昼迄短刀の中心仕立てを平田君と秋山君、鳴海君、谷口君は脇差火造り、他は道具造りと研ぎ。昼前には四国今治市よりNさんが来所。昼食後に大阪よりHさんが来所。

少し時間があったので、古式鍛錬での沸かし。弟子とHさんが向槌で折り返し鍛錬をして手打ちで包丁にする。私が土置き、焼入れをして夕方5時迄に1本を仕上げて、奥様の名前を入れて御土産にする。買った包丁ではなく、自分が向槌で打った包丁であるので、きっと思い出になると思う。

大阪より度々来所されて、見学して頂いていたが、初めての向槌も下手な刀鍛冶顔負けの打ち方である。
ひょっとすればどこかで勉強したのではないかと思われる程上手である。これで1週間が終わる。

休日の2日間は赤坂で脇差と短刀の焼入れ予定。今夜は早く休んで明日に備える。

痛み止まず

昨日に続き今日も暑い、一日であった。午後3時迄は各人が一回交代で折り返し鍛錬をしていたが、室温が40℃を越したので中止する。

真夏に逆戻りしたようである。朝6時30分より早出して、残して置いた切れ端の材料を使って、大小2本の包丁を火造りして焼きいれる。研ぎをしながら弟子の鋼の沸かし温度を見る。午前中の火造り、焼入れ、そして沸かしの温度を裸眼で見なければならず、夜も眼痛みは消えず。

日中はあれだけ暑かったが夜はコオロギの鳴く声が止まず、一日を終えて安堵する。

暑い日

昨日迄の天気とうって変わり、朝6時赤坂鍛錬所も温度高く、長船伝習所も昼には室温が40度から45度になり、谷口君が3度明日の公開鍛錬に使用する降し金をして切り上げ、クーラーのある部屋で仕事の雑談。

谷口君が日刀保玉鋼を鍛え始めて皮鉄と心鉄を合わす造り込みを行う。使用する鋼も折り返し鍛錬も新々刀の製作工程を行う文化庁の刀工試験と違い、独自の方法であるので多少戸惑っている。

9月下旬に日刀保の制作方法を教えなければならない。夕方には研師宅へ出掛け、研いでいる数本の刀の地金を見るが、やはり現代刀の地金とは違う事が、はっきりと判る。

手探りではあるが、科学の目をもって造った地金は絶対に評価され、この制作方法を以って刀を造れば卒業した弟子も近い将来必ず御客さんより注文が来ると思う。

刀は一に姿、ニに地金、三に刃文。である。だから現代刀工は刃文を重視して刀剣作家、芸術家を名乗る。自ら斬試道を行わないので、本当に刀が斬れるのか、息が切れるのかも判らないので、私の刀は美術刀剣ですと逃げる。
随分と薄っぺらな刀工である。

弟子達は剣道も二段位迄は学んでいるので、卒業迄は斬試道も教えなければならない。

伝承

朝6時出勤、2.5kgの玉鋼を鍛えて刺身包丁の地金を造る。
午後は長船鍛錬所で中心仕立て、銘切りを実演後、平田君がセン仕上げ、他は素延べ、火造り、降し金、公開鍛錬日でもないのに、次々と見学者が20名余りらい所、電話もあり大忙。

地元中学校より理科の先生が3名訪れ、たたら製鉄に中学生の参加を求められ受託。
名刀の産地であるので、近代迄の製鉄方法を体験するのも伝統文化に対する認識を持ち、郷土に対する愛着を持つ事になるので、伝習所の役割が1つはたせる事になる。

今日は県内外のプロの職人さんから包丁の評価を頂き、うれしい日であった。今日も一日火を見つめたので、目が非常に痛む。


「帰り観る 庭の朝顔 咲き乱れ 痛みし眼 少しやわらぐ」

護衛官見学

某国大統領護衛官が伝習所へ来所、かねてより護衛官として総合武道を学び、武の達人であり日本の武道にも通じ日本刀で斬試も行い、その練達度を大統領の目前で行った演武の録画を見せて頂く。

1時間30分の間に古式鍛錬、折り返しを1回実演し、工程順番の説明や砂鉄製錬、日本刀に関する質問等多くのやりとりをする。

この1、2年間は世界各地より外人が来所され、日本の伝統技術を見学して日本刀の魅力を知って頂く。刀工数6人、総勢12人の集団として、同一目標の元に日本刀維新の道を歩み、孤高の戦いを続けているので、他の刀工との交わりもなく、目指す所も違っている。

土佐の人間は人の上にも人の下にも着かない、独自の風土に育って来た。
世の中が狭くなり、平均化されて来たので、私のような人間も土佐にはいなくなって来たのではないかと思うが、世界を相手にする日本刀工としては面白い生き方かもしれない。

人生は一度だけ失敗を恐れては何も出来ない。師の教え通り努力と工夫は自分でするものである。

砂鉄探し

炭の入荷がないので仕事が出来ず。雨が振りガスの立ち込める中で磁鉄鉱系砂鉄と、チタン系砂鉄の地質が交じる山地で磁石を以って砂鉄を探す。

卒業生の弟子も涼しくなると刀を刀鍛える様になるし、包丁の注文も増えているので、砂鉄の新たな最終地も見つけておかねばならない。

鉄工学者は銑先行説を唱える方々が多いが銑になるか、鋼になるかは砂鉄の種類と製鉄方法もある事は、自らがたたら製鉄を行わなければ机上の空論に終わり、たたら製鉄を始める者を惑わすのではないかと考える。

磁石集めの砂鉄

刀用に配分した玉鋼を研ぐ、単一の玉鋼に対して砂鉄を分析配合した玉鋼の斬味は非常に良い。流石刀用だと思う。これで気に入って頂けると思うが砂鉄集めの経費、日当を考えれば何も残らない。

砂鉄を買った方がずっと安く付くが、やはり砂鉄を集めたほうが分析値がいい。包丁は自分一代が使用出来れば良いが、日本刀は1千年も残り、評価されるので美術的価値も求められる。


弟子も今日は火造りを進めている。今日も涼しく刀造りが楽になる。弟子の面倒を見ながらの包丁造りは忙しい、一ヶ月で300俵の炭を使い切る。やはり弟子の遅々として進まない作業では、余分に炭が消費される。長かった弟子の夏休みも終わるので、炭の消費はさらに多くなる。収入以上に支出が多くなる季節になって来た。炭の入荷がまたれる。

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