刀鍛冶の日々

国東半島砂鉄成功

午前2時鍛冶場へ2時30分送風始める。前日予熱の為炭を一杯入れていたので、温度の上がりも早く、炭を小さく切り砂鉄が落ちにくく、還元時間を長くとりチタンの含有率の高い国東半島の砂鉄を吹く、連日の忙しさで疲れもあり、砂鉄30kgを吹き、8時30分で操業を停止したにもかかわらず6kgの硬い玉鋼を取り出す。大成功である。

わざ々大分県から砂鉄を持参頂いた御客さんの顔が目に浮かぶ。日刀保たたらの木原村下も国東半島の砂鉄はチタンが多いと言っていたが、方法を考え東北のチタン含有率25%、非磁性砂鉄50%の還元方法を元に、これからもチタン含有率の高い砂鉄も十分玉鋼にする自信は付いた。

朝日新聞に出る菊池君の記事も差し替えで今日の新聞には出ず。今日も弟子が交代で作業は進む。包丁の注文も次々と入り忙しい。不景気な世の中であるが、包丁は切れると売れる。弟子も刀の注文がない日々は包丁を造って地金、焼入れの研究を兼ねて生活を忍ばねばならない。包丁も刀も御客さんの喜ぶ顔は同じである。
スポンサーサイト

たたら製鉄公開の最後準備

朝の涼しい時間に受験生3人が、古式折り返し鍛錬を練習。刀工試験に合格した者でさえ、十分に向槌を打てない時代であるが、たとえ不合格であれ基本は十二分に教えなければ、古式鍛錬の技術は後世に伝わらず、機械ハンマーがなければ日本刀が造れない刀鍛冶ばかりになる。

先月刀工の資格を受けた鳴海君が、刀の火造りを夕方迄手直しをして打ち続けるが、一向に出来ず。たとえ一年かけても時間無制限で出来る迄続けさす。全てが自力で刀が出来て始めて刀鍛冶である。
厳しくなければ刀鍛冶になれない、平田君も残業をして短刀の心鉄を造るのに降し金をしている。


私は無料公開の最後のたたら製鉄に、大分県の方が二度来所持参頂いた、国東半島の粒の大きな砂鉄を吹く準備をする。丁度たたら製鉄に向いた炭100俵が岩手県より入荷して、私の個人用の刀造りの玉鋼を多量に造って。炭の良さは最高であり、秋迄は暑くて出来ないので、この夏最後の砂鉄吹きである。

刀用の玉鋼は十分にあるが、包丁用は不足するので、台風で雨でも振り、涼しい日に包丁用の玉鋼が出来れば造るし、無理なら刀用の鋼を包丁用に廻す予定である。

熱気で暑し

今朝は久し振りにゆっくりとして、5時30分始業開始、朝の涼しい内に仕事をしなければ体がもたない。6時を過ぎると弟子達が顔を見せて次々に作業に入る。

全員交代制で熱中症を防ぐ。最後に平田君が独立初の作を目指し、皮鉄を14回折り返し鍛錬をする。阿部君も昼より暑い中を鍛錬。受験生にとっても暑い中大汗をかきながらの作業も自分の為である。

朝日新聞にも菊池君の取材記事が30日(土)に掲載される事となる。夏の暑さと全員9名の熱気で暑し。弟子全員の仕事を見ながらのアドバイス。先日の包丁を秋山君が研ぎ終えて今日も終わる。

ふと思う

早い朝食をコンビニのパンと牛乳ですまし、個人の仕事をしていると6時に大高君が出て来て火造りを始めるが、結局出来ず。7時を過ぎると次々と弟子が起きて朝食。

8時積み沸かし、短刀の鍛錬、火造り等々一日作業は進むが、出来ない弟子は何度もやり直さす。こんな事では独立は所詮無理である。

文化庁は刀工試験を脇差でテストをするが、脇差で合格しても刀は造れないので、修行年数を7年位にして、テストは二尺以上の刀を造らせて合否を決めた方が、本人の為になるのではないかと思うし、文化庁の規定通り15日間をかけて刀の製作をしなければ、刀工の免許を与えられただけで、刀を造る技術がないので独立出来ない者がほとんどではなかろうか。その証拠に刀工免許を有する約300人中専業は約50人と見られる。

技術が有れば独立しても、なんとか最低限の生活は出来ると思う。今炭と鉄と時間をかけて育てた弟子の多くは刀を専業としてない。最近ふとこんな事を思う事もあるが、一生懸命に頑張っている弟子を思うと、来年度は全員合格をさせたい。谷口君が始めて日刀保玉鋼を使用して造った地金も自家製鋼が3割程入っていたので出来は良かったが、少し硬すぎる。明日は再度積み沸かしの練習をする予定。

向き不向き

午前中は注文の出羽包丁を鍛える。そして谷口君が日刀保玉鋼を自家製玉鋼の台に積んで沸かし6回鍛えた材料ではあるが、私の刀の材料としては粘りがないので、不向きなので、重ねの厚い相出羽にして午後に2本を焼入れ。

休日ではあるが、弟子が仕事をしているので、長船鍛錬所に出る。秋山君は刀の火造りが済んで、刀剣博物館へ3人で見学、谷口君が初の受験に備えて火ばしを制作している。

大高君は3日目になる脇差の火造りを勝手に止めて寝ている。二年も火造り練習をして今だに出来ないのに、刀工資格を持つ秋山君の火造りも見ず寝ているなんて、こんな事だから刀工試験に2回も落ちるのである。

伝習所に百年いても刀鍛冶にはなれない。毎日々同じ注意をしなければならない。やはり刀鍛冶には不向きである。他の弟子も同様な者が数人もいる。正に全国から不向きな人間が集まっているようである。

文化庁の刀工試験に合格しても脇差を造っての試験であるので、刀は造れない。これで一人前だと思ったら大間違いである。刀工試験に合格さすのも一苦労であり、又合格者を一人前にするのも苦労である。

刀工として10人を合格させたが、刀の造れる弟子は一名、みんな刀工資格を持ちながら刀が造れない。刀鍛冶として残れるのは一割と厳しい世界である。もっと一生懸命頑張って欲しいものである。

前期たたら製鉄終わる

朝4時たたら送風開始、1月より40回を数える砂鉄吹き、小雨の予報に反して薄日も差し、炉は最高温度に達してさわれない。
平行して宗近君が折り返し鍛錬をするので、水にひたしたタオルを心臓に当てて操業。午後2時炉を解体、砂鉄50kgを吹きて、なんとか10kgの玉鋼を造りて、今年前半のたたら製鉄を終わる。

使用砂鉄2トン、自分で集めた砂鉄、全国より送られて来た各地の砂鉄。研師さんの研ぐ刀の地金が各地の砂鉄を思い出す。1、2年は砂鉄の分析を元に混合比率を変えて失敗、成功を繰り返しなんとか自分の作品を造り出せた。

地金の研究の為包丁もたくさん造った。このあたりで少しゆっくりとしたい。又秋よりのたたら製鉄に向けて、暑くて仕事が出来ない日は川で砂鉄を集めたいと思っている。これだけ暑くなれば、朝1、2時間程度の作業で止めなければ、今年は体がもたないと思う。家に帰りても熱された体は冷めない。

昨日に続き、各1時間30分の割り当で各自の仕事を進める。明日は多少雨も降る予報なので、たたら炉を塗り、炭を弟子に切らせて準備完了する。包丁の注文が多いので玉鋼を造ってもすぐに在庫がなくなる。

明日の休日は昨日に続き早出して、たたら製鉄を行いながら卒業生の弟子の指導。午後は赤坂で刀製作の続き、一区切りつけば包丁の注文仕事と大忙しである。

年を取れば取る程に忙しくなり、弟子の面倒があまり見る事が出来なくなる。体も疲れるが、自分の作品は弟子の手を借りずに、全て自分で仕上げ、自分の仕事を全て自分で出来なくなれば引退するが、それ迄は頑張りたい。

炭入荷

県内の炭1.2トンと岩手県の炭が同時に入荷し、炭置き場所は満杯となる。後半のたたら製鉄の炭を岩手産炭に切り替えてみる。火力もあり、砂鉄が粒状化して大きな粒となり調子も良く、岩手県に注文追加する。

炉を解体すると思った以上の良質の玉鋼が多量にとれている。それに砂鉄の成分もうまく配合されていたものと思う。帰りに研師宅に寄りて下研ぎ中の大小の刀を見て帰る。今日は一日弟子の仕事に対する姿勢や態度に付き、大きな声をしたのでのども痛み、血圧もあがる。毎回々同じ注意をするのも疲れる。

日中の温度も上がり砂鉄吹きもそろ々終わりにしたいが、一夏に使用する鋼が今だ不足しているので、早出して涼しい時間に少しだけでも造って置きたい。なにはともあれ炭が山積みされたのが嬉しい一日であった。

一安心

炭もなくなり、宗近君の炭を借りてたたら製鉄をしながら、新聞社のカメラマンによる撮影。これで全ての炭がなくなるが、地元岡山県内の炭屋さんより夕方明日の早朝に1.2トンの炭が入荷するとの電話が有り、一安心するが、岩手県からは三日前に請求書が届くが、炭は届かず。

今夜は弟子4名共にアルバイトが有り、出かけたので、大高君と二人で操業。疲れたので6時に早めに止めて帰宅。体も限界に来ているようであるが、先月刀工認可を得た弟子が2名来春に独立出来る迄は今少し頑張らねばならないが、早く戦力になって残っている弟子の面倒も見て欲しい。

炭届かず

昨日の砂鉄集めで疲れも残っているが、平田、鳴海君に脇差のせんかけを指導。そして包丁の研ぎ等をして1週間にもなる。炭の到着を待つが、昨日に請求書が届いたのみで炭は届かず。明日の新聞社の取材迄に炭に届くだろうかと心配する。

炭屋さんにはとりあえず第1便は必要最小限を送る事を告げたが、請求書は50俵となっている。前回も注文の炭と違って最悪の湿った火力のない炭が送られて困ったが、今回も同じ炭でなければよいのだが。

県内の炭屋さんからも今だ連絡はなし。鍛冶屋は炭がなければ何も出来ない。安定した炭入手ルートを作るのは鉄を造る以上にむつかしいものである。

 | HOME |  »

FC2Ad

プロフィール

上田

Author:上田
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

訪問者