刀鍛冶の日々

金沢君脇差火造り終わる

先週皮鉄、心鉄を組み合わせて火造りをしていた金沢君の脇差が、火造りを終わり明日は反り付け、うまく行けば焼入れまで進めるかも。
宗近君も短刀の焼入れが、今回は直刃でうまくまとまり姿直しも終わる。山本君の鍛えもすすむ受験生も脇差の焼きいれ姿直しをする。全員九名が忙しく刀造りに励んだ一日であった。

朝早くからたたら製鉄をして、8kgの鋼を造り午後からは焼入れをした包丁を荒研ぎして、2月も終わる。
不景気のせいか、2月も平年に比べて御客さんは少なかったが、包丁は昨年より多く売れる。炭代かせぎの包丁造りも忙しかった。
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谷口君の仕事

兄弟子2人体調悪く休んだので、やっと谷口君の仕事が廻って来る。小つぶの玉鋼を降ろし(溶かす)て大きなケラにして、梃台に乗せて積み沸かし。まとめて折り返し鍛錬をへて70cm位の梃棒を造る。

週末の公開鍛錬にはこの先に鋼を付け、向槌でトン、テン、カン、々と折り返して行く。谷口君もあと一ヶ月すれば、やっと入門一年。兄弟子が多いので、いつも下仕事をささえているので、自分の勉強が十分に出来ない、しかし包丁も造れるようになったので、入門一年目の課題はパスしている。

今年は兄弟子3人が卒業の予定である。6月位からは仕事も十分出来ると思う。昼は刀工見習い、そして夜は5時間のアルバイト、若い内に苦労をしていると、必ず大きな実となり花も開く、頑張れ谷口君。

脇差折れる

久し振りに朝から昼迄包丁を鍛えて、大高君が「たたら」製鉄で造った鋼の具合を見てみる。
炉の塗りが悪かったせいか、接着性が少し劣る。四年間もたたら製鉄をして、これでは市販の玉鋼と同じで自家製鋼の意味がない。

朝から昨日焼入れした脇差を、秋山君のあとに姿直しをしていたが、夕方になって脇差をたたき折ってしまった。
姿直しは180℃位炭火で熱を加えてから叩くものであるが、冷えた脇差を叩いていたので折れたのである。これで3週間通して三口の脇差を折ってしまった。

人間には向き不向きが有る。彼はこの四年間を当伝習所で彼なりに過したが、どうも刀工には向かないようである。まだ若いし早く進路を変えるのも一方法である。

今日は体全体の力も抜け何もしたくないあとは風呂にはいって寝るだけである。

弟子の成長

秋山、大高君が脇差の土置き、焼入れ、久し振りに平田君が鍛錬、菊池君も鍛錬するも最後にふくれが出て平田君が二度程鍛え直す。
さすが三年も経つと職人になってくる。秋山、鳴海、平田君の三名には安心して仕事をまかす事が出来る様になって来た。

あと二年もうすれば一人前の職人として故郷へ帰る事になるだろう。最近は三名の弟子に仕事をある程度まかす事が出来るので、少しながら体も休まる。今日は瀬戸内商工会で税金の申告をしてもらい一段落。

今日も雨

昨日の山陰は朝から台風並みの風と雨であった、鳥取県境、島根県境、岡山県境は残雪多し、金屋子神社へ月参りの参拝に出かける。
百年に一度の不況を乗り切り弟子全員の卒業を祈って帰る。疲れ果てた400kmの雨中走行。

そして今日も雨3日連続である。一人静かに立ちNO2のヤスリ仕上げをする。今迄と鍛錬の炭も鉄の処理も変えての刀造りであったので、内面応力も大きく働き太刀がNO1の太刀よりも曲がっていたので、手直しに手間取り今日一日ではすまなく、来週にもう一日かけては仕上げの予定。

静かな雨の日の仕事

山本君が朝から刀の鍛錬を久し振りにする。雨も降り見学者も少なく落ち着いて出来たので、仲々よい沸かしである。

福岡県からの見学・撮影があり、大高君が横座に入り向槌を3人使い指示して、試験本番さながらの折り返し鍛錬をする。技術は徐々に伸びてきたがあと100日を切っている。はたして間に合うだろうか、金沢君は秋山君の指導を受け、脇差の火造りが終わる。

たたらクラブの日

御客さんの鋼を使って、手打ちで梃付け、折り返し鍛錬を2回練習、その後スプリングハンマーを使い昼迄に鍛え、火造り、午後は土置きをして鳴海君が焼入れ、荒研ぎをして御客さんに手渡す。

自分で研ぎをしてみたいとの事、来月は文化包丁の予定、たたらクラブの日は種々の人が訪れ、鋼造り包丁造りに取り組む、楽しい土曜日である。

受験生は土置き、焼入れ、姿直しを夕方迄する。平田君も体の調子が少し良くなったのか、夕方には鍛冶場に現る。山本君も降し金をして刀用の地金を造る。春の気候であるが見学者はなし不況のせいか。

訪問者からのメッセージ

この2月21日の訪問は4度目のことである。第一回目はたまたま訪ねた津山の安藤刀匠にここを紹介されて見学に来たのが昨夏であった。
その後自分で集めた砂鉄100kgを持参して訪ねたのが昨年10月4日のことである。このときは50kgの砂鉄から4.6kgのケラ塊を作ってもらった。これは少し歩留まりが低いとのことであったが、当面の刀ならぬ包丁作りにはこと足りる量である。

第3回目はこの一部(1.4kg)を元に出刃包丁を作ってもらうことになった。12月13日のことである。
研修生が鍛錬から出刃完成までやってくれた。立派な出来栄えである。持ち帰ってはためつすがめつ見るだけで、もったいなくてすぐにはよう使わなかった。

今回の第4回は菜切り包丁をお願いすることで訪問した。やはり研修生のお世話になり、体験的に鎚打ちまでさせてもらった。今度は仕上げの研ぎの手前までで持ち帰り、自分で研ぎ上げることになった。
実は私はこのようなことを予想して、自分で研ぎができるようになる準備をしていた。技術向上はこれからであるが。前回の出刃に山本刀工が銘入れをしてくれたのも感慨深いものであった。次回は文化包丁を予定している。また残りの砂鉄50kgから作っておいていただいた9kgのケラ塊は自分が保管すべく持ち帰ることになった。

上田伝習所を訪ねることは私にとってはこの上ない楽しみとなっている。上田刀匠との楽しい会話や研修生の皆さんの鍛えられた立居振舞は見ていて気持ちよい。昨年来たたらに興味をもって。奥出雲の鉄の歴史村や安来の和鋼博物館を見聞してきた。

そしてそれなりにたたらに関する知識だけは頭に入っていた。私がたたらに興味を持ったきっかけは、大学在職中から鍛造という技術に興味を持ったことからである(ちなみに大学での専門は蛋白質分子構造で鉄とはまったく関係ない)。趣味で農林業に首を突っ込み、そこで使う道具類の手入れに鍛造が必要なことからであったと思う。それが砂鉄を原料にするたたらにまでいってしまった。体質的な追及心の故かなと自分で思う。この素晴しい技術を受け継ぐ備前長船日本刀伝習所に乾杯をあげている。ありがとう、これからもよろしく。

春近し

厳しく指導しているせいか、大高君の火造りも上手になって来た。
全員仕事が終わったが、彼は明日の焼入れに備えて脇差に土置きをしている。入門当時からこれ位熱心であれば、今頃苦労をしなくてよかったのに。

昨日に続き菊池君の指導の下に、谷口君が折り返し鍛錬を続行、皆最近はカゼ気味である。平田君もとうとう今日は寝込んでしまった。
私は朝から包丁を研ぎ、鳴海君が柄付けをしている。かぜは少し強く吹いているが、天気は良くなった。春一番のような風、気分も明るくなる。

頑張る谷口君

昨年秋以来砂鉄が入手できなく、手持ちの砂鉄も少なくなったが、今日のたたら製鉄は12kgも取れたので、文化包丁が12本出来るので炭代の鋼とする。

時間があったので、今日は谷口君が投げ断ぎ、そして積み沸かしをして小さな鋼をひとつにまとめ、そして折り返し鍛錬をする。
わずか入門一年でここ迄上手に出来るとはまぐれであろうと思う。もう一度同じ作業をさせて見るが、文句の言い様のない仕事であり、4年間修行した兄弟子もここ迄は出来ない。

谷口君は当伝習所で一番若く最後の弟子であり、兄弟子が受験に備えた脇差造りをしているので、火床の横で炭入れをしているのに、兄弟子の仕事をいつも見ているだけで、ここ迄上達するとは思わなかった。

兄弟子が今年は3人、来年は3人卒業すれば菊池君と谷口君の2人になるので、もっと々勉強出来日本の文化伝統を背負って、立つ良い職人になれる事を願っている。

これからも努力と工夫を忘れず。日々頑張る事を願っている。

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