刀鍛冶の日々

1月も終わる

二日間かけて鍛えた鋼を、包丁の型にして昨夜焼入れる。鍛えた鋼2kg、炭50kgを使用して、長さ8寸(24cm)元幅1寸8分(5.5cm)の大きな包丁である。
余りにも大きな包丁なので、柄が岡山県にはなく他県から取り寄せる事となる。

時間があるので又朝より同じ大きさの包丁を鍛えはじめる。よりよい出来の方を納めたい。
昼には入金が有り御礼の電話をする。私よりも15歳若い、妻子の為なんとか元気になってもらいたいと願って居る。

私も平均寿命迄あと13年位ある。しかしいつ病におかされるかも知れない、元気なうちに一振でも良い作品を残したい。一日一時間も遊ぶ時はない。365日いつも刀と一緒である。

注文の御礼にNHK海外放送の出演と、民放の出演DVDをプレゼントさせて頂く、弟子の刀工試験の準備に追われ、平成21年1月も今日で終わる。

「風強き 冬の一日 君の事 知らぬ人生 想いめぐらす」
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魂を込めた仕事

関東の某る人より、自分の形見として包丁を子供に残してやりたい。
その人の年齢はわからないが、二年前に私の包丁を買って気に入って今回も注文を頂く。

朝より材料の選り分けをして、一番良い鋼を選び一日かけて折り返し鍛錬をする。大きな包丁で、今日一日の鍛錬では終わらず明日に持ち越す。
今日程丹念に鋼を鍛えるのも久し振りで、その人の事を思えばどうしても仕事に力が入り緊張する。
生老病死は人間誰でも歩むものである。その最後の灯火の消えるのを知った時、人間は何を思うであろうか、自分の生きた証として残った子供に、包丁を親の形見として残す気になった御客さんの為にも、全身全霊を打ち込んで包丁を鍛えたい。

Tさん一所懸命の包丁を造ります。貴方も病に打ち勝って下さい。今だ御顔を見た事はありませんが、メールで貴方が大変な難病で有る事はわかります。
人間それぞれに寿命がありますが、命の限り家族の為に頑張ってください。私に出来る事は貴方の為に包丁を神様に祈って、一所懸命に造るのみです。

私の友人にも医者から死の宣告をされながら、二十数年生きている刀鍛冶も居ます。どうか生への希望を捨てず頑張って下さい。 

弟子達の休日

ジープが故障したので炭を山へ取りに行けなくなり、午前中は先週焼入れをした太刀2号刀の姿直しを済まし長船鍛錬所へ出かける。

月、火曜日は弟子の休日である。昼は刀を造りを習い、夜は4時間のアルバイトで生活費を稼いでいるので、大変体が疲れるので週休2日制をとっているにもかかわらず、菊池君がオークションで包丁が売れたので、鍛錬焼入れの練習を兼ねて包丁を造っている。

刀工試験が近くなり、今迄アルバイトをしていなく、夜はのんびりと過し、休日も他のアルバイトをしている弟子と同じように休んでいたが、弟子の中で一番技術が遅れているのに努力をしなく、刀工試験が4月後にせまり、試験に落ちたら当伝習所を退行してもらうときつく言ってあったので、ここ一週間程大高君は休日もなく、仕事をするようになったが、今迄努力をしなかったので急に上手に仕事は出来なくもう間に合わないようである。

今年から文化庁の試験も一段の厳しくなる話である。付け焼刃でも良いのでなんとか試験に合格して欲しい。
人生の青春期をこの長船の地で、無駄に過させたくはないが、落ちれば自分の努力と工夫が足らなかった事である。

他の弟子(住込み)は平日買い物、洗濯をする間がないので、休日に冷蔵庫一杯食料品の買い物、たまった一週間の洗濯に追われる。

所詮修行とは厳しく、楽ではないが生まれも育ちも違う国々から集まり、同じ鍛錬所に寝泊りして刀工になる事を夢見て頑張る。若い青年だから出来る事である。
青年には日本刀造りを通じて、日本の文化伝統を荷ってゆく大きな使命が有る。

全員その使命を忘れず、頑張れば必ず合格できる。我々には現代のように刃紋が見せ所とする刀でなく「折れず、曲がらず、良く斬れる」日本刀の本質から外れない刀を砂鉄から造り出す。
日本刀の維新を長船の地から全国へ発進してゆかねばならない。

あふれる熱気

秋山君が横座(製作責任者)に入り、全員が交代で向槌を打ち、心鉄鍛、皮鉄と合わせて造り込みから素伸べ迄、手打ちで刀工試験を目指して進める。

寒い朝であったが、弟子の熱気で暖かくなる。午後は金沢君が脇差の皮鉄を鍛える。
彼は来年の試験であるが、準備に早く入ると後半が楽でゆっくりと受験準備が出来る。

今年3名、来年3名と刀工試験受験者は続く、夕方包丁2本の焼入れをする。今年は包丁の在庫が多く有るので、少しゆっくりとしたい。
26日、27日は炭焼き山に炭を受取りに行く予定。

「弟子達の 打つ槌音は 軽やかに 火花を散らし 鋼を延ばす」

受験生は必死

石原君が朝より日刀保玉鋼の皮鉄、心鉄を鍛え、造り込み、素伸べ迄を済ます。
刀工試験迄あと4ヶ月、秋山君は脇差の焼入れ姿直し、大高君はせんかけ。

例年なら秋9月末より10月に刀工試験だが、今年は5月となり予定が半年も早くなり弟子の指導は忙し、土曜日の公開日であったが、寒く来客がなかったので刀造りは進む。

刀工になる心得

昨日の折り返し鍛錬を続けて、2本の脇差を素伸べ迄私がする。鳴海君と秋山君が火造りをする。この二人は共に当伝習所で全てにおいて1、2位を競いその後に皆が続く。

入門の年数、個人の器用さ、努力、工夫が弟子間での差になってゆく、日本刀は他の伝統工芸美術品と違い、一番必要がなく一番日本の精神文化を受け継ぐものである。
今日の時代に必要なものでもなく、又文化伝統として絶対になくしてはならない日本刀造りである。

個人々がどれだけ努力したかによって、努力した者のみが刀工として生活が出来るのである。現在300人程の刀工がいても、独立して生計の立つ者は3分の1程である。命がけで刀造りに取り組む弟子だけが、刀工として故郷に錦を飾る事が出来る事を忘れてはならない。

努力の違い

受験組がせんかけ、反り付け等をしているが、個人差が余りにも有りすぎる。

何も言わなくてもきっちりと丁寧に出来る弟子、何度言っても出来ない弟子。

刀剣美術には刀の原寸をはじめ、日本刀1000年の歴史が書かれている。刀のなんたるかを勉強しなくてどうして刀が造れようか、個人差が有っても勉強していけば、それなりに刀が出来るようになるものである。
その努力が有るか、無いかによって刀工として独立できるか、受験に失敗して故郷へ荷物をまとめて帰るかである。

夕方には手の空いた者を集めて、私の折り返し鍛錬を見せて違いを見せる、違いがわからねば仕事は出来ないものである。

太刀2号刀焼入

今日一日とにかく疲れた。

せんかけも終わり、土置きが終わる頃は、空も曇り小雨になり、焼入れに適した暗さになる。焼入れ炭も刀と違い、太刀なので多めに入れる。

昨年と今年は地金の鍛炭も変わり、焼入れ方法も変える。今以上に個性有る古刀を目指した作品を造りたい。
二尺六寸の重たい太刀を必死に炎の中で前後差し引きして焼く。一秒の油断も出来ない、焼けた太刀を水槽に入れた時は、全身の力が抜けていくようであった。

研いで見ると土置きの刃紋と違い、刀身の前半分は焼刃が低く、足土と地金によって古調な刃である。来週姿直しをして研いでみたい。人為的な刃紋ではなく、地金による古刀の様な作品造りに、又明日から鍛え始める事にする。

姿直し

1月15日に焼入れをした太刀一号刀の姿直しを半日かけて長さ二尺六寸、反り1寸のスタイルにする。
太刀のスタイルは長さに応じて、いつも自分の好みのスタイルにしているが、反り1寸で鎌倉中期の猪首切先と言う始めてのスタイルで、とまどいやっと仕上げたので内面応力を抜くのに、一ヶ月程寝かして鍛冶研ぎをかけたい。

続いて太刀2号刀にせんかけをする。夜焼入れをする予定であったが、昨日の砂鉄集めの疲れが出て気分が乗らないので、明日にする事にして夕方弟子の仕事を見に長船に来る。
大高君がせんかけをして、焼入れ前の姿にしていた。注意点多し、注意される事がなくならねば刀工試験合格はむつかしい。

砂鉄集め

朝長船で弟子の仕事を見て病院に行き、帰ると昼である。どうも仕事をする気になれないので、山陰迄砂鉄を集めに行く。中国山地は雪化粧できれいであった。
雪の中砂鉄を100kg程集めて、夜冷え切った体で帰り、風呂に入りやっと人心地着く。

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