刀鍛冶の日々

我が想い

鍛冶場の室温40℃暑くて中々仕事にならない、やっと火造りをして焼入れをした。機械ハンマーの土台のボードが切れて溶接をして修理する、引越し迄はもつだろう。
なんとか赤坂の鍛錬所も残したい、弟子が増えて長船だけでは仕事にならない、仕事場を貸してくれる愛刀家は長船町にいないものだろうか。

「蝋燭の もえつきる時終わりの炎 明るく消ゆる我が身かな」
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感謝

来客の対応に急し、鍛刀姿を見せるはやさしいが販売はむつかしい。それでも本日は良く売れた、金屋子様の御陰と感謝する、明日は砂鉄を集めに行こうか?

「槌置きて 小物売りゆく我が身かな 鉄打つよりも尚むずかりし」

それぞれに

金沢君、姿直し
鳴海君、鍛錬
石原君、焼きいれ
平田君、炭切
私は外交
交渉で包丁販売は引受けてくれたが鍛錬所は建設の予算が無いとの事。赤坂鍛錬所明け渡しも一ヵ月後に迫る、困ったものだ。

「夕暮れて 東の空に山並が 丁子刃落とす長船の町」

金屋子神社参拝

平田君と二人で参拝、大雨で大地が洗われ空も真っ青、空気も澄んで山の木々迄が浮んで見える。
中国山地の山々を見ながら走る、実に静かで時間が止まっている様だ。種々の無理難題を金屋子様に祈願して帰る。

「雨上がり 空気は澄みて山々の 緑目にしむ出雲路の夏」

焼入れ

朝より土置きをして焼入れをする、焼入れ方法を変えてみた、それが良かったのか研いでいても楽しくなる。明日は金屋子神社に平田君と参拝の予定。

「土置きて 金屋子神に手を合わせ 祈り祈りて湯船にひたす」

精神

日本刀を鍛えるには日本の文化と伝統を守りゆく強い決意がなくてはだめだ。
一挙手々に細心の注意を払い、いかに鋼を育ててゆくのか、母親が子供に乳を与え大事に育て社会の為に役立つ子供を育てる様に刀造りも同じ事が言える。いい加減な毎日を送る者には決して名刀を生み出す事は出来ない。

「火花散り 流るる汗を打ち払い 我が打つ太刀の熱き鋼色」

赤坂鍛錬所

26年間も打ち続けた古き鍛冶場、随分と傷んだものだ。日本一の粗末な鍛錬所だろう、ここで生活苦と闘いながら弟子も育てた、子供も大きくした、あと少しでこの鍛錬場を明け渡さなければならなくなる。
最後の一振りをこの鍛錬場で鍛えて終わりにしたいものだ。

「流れ落つ 汗と涙を共にして 過ぎ去りし日をふり返り打つ」

備前長船日本刀傳習所三ヵ年を振返る

早いもので当伝習所もいつの間にか三年間が過ぎた、当初は弟子一人も居ない状態であったが日本の文化を守り、現在の様に鉄鋼メーカーによって与えられた玉鋼でよしとした現今の刀剣界に昔のように自ら川で砂鉄を集めて自家製たたら装置で鋼を造り現代刀を越えた地金をもって古い刀に迫り
「折れず、曲がらず、良く斬れ、尚美しい」
本当の日本刀造りを目指した「日本刀維新」の旗印の元に全国から八名の若人が入門して来た、すでに当伝習からは六名が卒業しているが刀鍛冶として残っているのはわずか2名しかない、残った人生を八名の為に使ってやりたい。
岡山県人は他国の人間には応援しない風土であるが伝習所の為に始めてジーンズメーカーの(株)ボブソン社様に袴を十着応授いただいた、故郷南国土佐を後にして岡山の地で40年、始めて岡山県人に感謝した。

「深山木の 咲きてど知れる 山桜」

刀剣博物館をうれう

金沢君土置き、焼入れ、そして曲がりを取る姿直し、二本の内一本を割る、折角ここ迄したのに残念の一事。
朝から二組DVDの見学の御客様昼迄全てをみて感激、私の仕事をみてくれてうれしかった。
やっと天気も良くなったのに御客さんが少ないと元気がでない、刀剣博物館の企画が悪いので今年になってから平年の半分の人出しかない、町民の税金を使って赤字のたれ流しだろう、こんな博物館なら止めた方が良いのではないか、市長は一体現状を認識しているのか、入場者も無いのに駐車場を増やすより重文、重美の刀位陳列すれば良いのに。

平田君の事

朝より鳴海君火造り上手くなった、あと一息だ。午後は平田君、梃子付けそして初の積み沸しとてもこれが入門一ヶ月とは思えぬうまさ難なく一回でまとめ折り返し鍛錬に入る、一転のキズもなく全く文句の言い様が無し、ふいごの吹き方も実にうまい、今年は良い弟子が増えた。

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